夕食の後片づけを終え、希美が流し台の水気を布巾で拭いていると、スマホの着信音が鳴った。画面には同じ県内で暮らす姉の名前が表示されている。こんな時間に珍しいと思いながら出ると、電話越しの声はどこか切羽詰まっていた。

「希美、今ちょっと話せる?」

「うん。どうしたの」

「あのね、子犬のことでお願いがあるんだけど……」

夫と娘のまさかの反応

希美は、先日姪っ子から娘のまどかへ送られてきたメッセージを思い出した。添えられていた写真に写っていたのは、小さな体を寄せ合って眠る柴犬の赤ちゃんの姿。

「ああ……産まれたんだよね」

「そうなの。それでね……」

姉は早口で事情を話した。

生まれた子犬は全部で6匹。知り合いにも声をかけているが、なかなか引き取り手が決まらないこと。自分の家だけでは抱えきれないので、できれば1匹だけでも引き取ってもらえないかということ。

「え、でも私、犬なんて飼ったことないんだけど」

「大丈夫だよ。私たちだって飼い始めたのは、すずが小学校入ってからだし。ケージとか、必要なものはこっちでも用意するから」

「急に言われても、うちだって……」

そこまで言いかけたところで、リビングから夫の隆二が顔をのぞかせた。晩酌用のグラスを持ったまま、何の話だと目で尋ねてくる。まどかもいつの間にかスマホから顔を上げ、興味津々でこちらを見てきた。

希美がスマホを耳に当てたまま、「お姉ちゃんが、子犬を引き取ってもらえないかって」と言うと、まどかの表情がぱっと明るくなった。

「え、すうちゃん家の犬? うちで飼うの?」

「いや、まだ決めてないけど……」

そう答えながら、希美は隆二の反応をうかがった。彼が反対するなら、多少は断りやすくなるだろう。だが、隆二は意外にも、「いいんじゃないか」とあっさり言った。

「まどか、前から犬ほしいって言ってただろ」

「うん、小学校のころからずっとほしかったから嬉しい! しかも柴でしょ? ヤバすぎ!」

まどかはもう迎えるつもりでいるらしかった。面倒がるかと思っていたのに、2人とも思いのほか好意的だ。自分ひとりが身構えていたようで、希美は少し拍子抜けした。

そこで電話の向こうから姉が遠慮がちに言う。

「もちろん、無理ならいいのよ。でも、本当に困ってて……」

そんな声を聞くと、希美はやはり強く断れなかった。

「……そうね。1匹だけなら」

そう口にした瞬間、まどかが「やった」と声を上げた。隆二も「よかったな」と笑う。電話の向こうでは、姉が何度も礼を言っていた。

「じゃあ来週、そっちに迎えに行くね」

子犬を家に迎え入れる日を決めると、希美は通話を切った。

振り返ると、まどかがいとこから送ってもらったという写真を見ながら「かわいい」を連発している。初めて犬を飼うことに不安は残ったが、これだけ喜んでくれるならと思えた。