新田家の新しい家族
子犬が家に来て最初の数日間、希美を含め、新田家の全員が浮き立っていた。名前の候補は、主にまどかが出し、隆二が「呼びやすいのがいい」と言って、最終的に「りく」に決まった。
小さな体で廊下を走り、滑って転び、また立ち上がる。りくが何かするたびに、まどかは声を上げて笑った。隆二も帰宅するとすぐ床にしゃがみ込み、「りく、おいで」と手を差し出す。りくはしっぽをせわしなく振りながら、その手や足元にじゃれついた。
「いい子だな、りくは」
「すごい、ほんとにうちに子犬がいるんだね」
「かわいがるだけじゃなくて、お世話も手伝ってよ」
「もう分かってるってば」
しかし、慌ただしい日常の中、すぐに変化は訪れた。朝、希美は起きるとまずりくの様子を見る。水の皿を替え、エサを用意し、床の汚れを拭く。
「りく、いってくるね」
「帰ったら遊んでやるからな」
りくの頭を軽くなでると、まどかと隆二はそれぞれ家を出ていく。
まどかは中学校、隆二には会社がある。部活や残業で帰りが遅くなる日も多い。必然的にりくの世話は希美の役目になった。
「仕方ないよね……」
ある夕方、希美がキッチンで夕飯の支度をしていると、リビングから物音がした。見に行くと、りくがまどかのテキストをくわえて振り回している。慌てて取り上げたときには、表面は濡れ、角はぼろぼろになっていた。
「まどか、これ床に置きっぱなしだったよ」
「え、うそ」
部活から帰ったまどかは一瞬顔をしかめたが、りくを抱き上げるとすぐに破顔した。
「もう、だめじゃん。でもかわいいから怒れない」
「飲み込むと危ないから、床に物置かないでね」
「オッケー」
そう言うとまどかは、湿った教材を持って、そのまま自室へ上がっていった。
「希美、りくの散歩ってもう始まったんだっけ」
夜、夕食の片づけをしていると、不意に隆二がソファから声をかけてくる
「まだ。2回目のワクチン終わってからだよ」
「ああ、そっか」
のんびりした声が返ってくる。りくは足元で落ち着きなく動き回り、椅子の脚や希美のスリッパに鼻先を押しつけていた。
「隆二、りくお願い」
「了解。りくー、パパんとこおいでー」
鼻の奥で引っ掛かるような甘ったるい夫の声に、希美はため息を吐く。
もちろん、2人とも何もしないわけではない。まどかは気が向くと遊び、隆二も休日には機嫌よく相手をする。しかし、水がこぼれたとき、床を汚したとき、鳴きだしたとき、対応するのは大抵希美だった。
希美はキッチンのシンクを拭き終えると、また騒がしい気配のするリビングへ目を向けた。
