<前編のあらすじ>
希美は姉から「子犬を1匹引き取ってほしい」と頼まれる。犬を飼った経験がなく不安だったが、夫の隆二と中学生の娘・まどかが乗り気だったこともあり、断りきれずに柴犬の子犬を迎えることになった。
「りく」と名付けられた子犬に家族は夢中になったが、まどかは学校と部活、隆二は仕事で不在がちなため、日々の世話は自然と希美1人に集中していく。
ある日、希美が1人で在宅中に配達員が訪れたとき、りくは柵を抜け出して玄関から飛び出し、配達員の足にかみついてしまった。血がにじむけがを負わせてしまい、希美は何度も頭を下げるしかなかった。
●前編【「仕方ないよね」子犬の世話を1人で背負い込んだ主婦におとずれた取り返しのつかない事件】
噛みつき事故の代償
配達員のけがについての話がひと通り片づき、治療費や慰謝料なども含めて50万円を支払うことになった夜、新田家のリビングは静まり返っていた。
テレビは消え、テーブルの上には手つかずの麦茶だけが残っている。希美はソファの端に座ったまま、何度目かも分からないため息を飲み込んだ。
「ヤバいよね……」
まどかが小さくこぼし、すぐに口をつぐむ。隆二も腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
お金の話だけではない。子犬とはいえ、飼い犬が人を噛んでしまった。その事実が、家の中に暗い影を落としているような気がした。
「あのとき、私がもっとちゃんとりくを見ていれば……」
思わずこぼれた言葉に、隆二が顔を上げた。
「いや、これは希美だけのせいじゃないだろ。俺にも責任がある」
「でも、玄関を開けたのは私だし。柵に入れたから大丈夫って、簡単に考えてた」
口にした途端、あの場面がまた鮮やかに脳裏に戻ってきた。
乾いた音。飛び出す茶色い影。配達員の大きな声。
希美は膝の上で手を強く握り合わせた。
「私も、りくのこと、真剣に考えてなかったかも。お母さんにばっかり任せてごめんね」
まどかがうつむいたまま言う。希美は、すぐには返せなかった。
誰が悪いと簡単に切り分けられるたぐいのものではなかったし、かといって、誰のせいでもないと流せることでもなかった。
