禁煙がつないだ家族の会話
「正直、今でも吸いたくなる衝動はあるよ。でも自分で決めたことだし、家族のためだったらなんてことないよ」
裕樹がそう言うと美織は顔を伏せた。
「……前さ、たばこをやめてって私がキツく言いすぎたことがあったでしょ? 覚えてる?」
「あ、ああ、あったね」
「……ごめんね。あれは言い過ぎたと思ってるんだ。たばこをやめてほしいとは思ってたけど、もっと違う言い方があったなって」
裕樹は笑って首を横に振った。
「全然。仕方ないよ。美織は食べ物とかいろいろ気を付けながらやってたのに、俺はそこまで徹底できてなかったのは事実だし。温度差を不安に思うのは当然だよ。別に、たばこに限らずだけど、美織や果歩が不安になったりすることで、俺がなんとかできることならなんとかしたい。そう思うんだよね」
「ちょっと父親らしくなってきたね」
「まだちょっとか。厳しいなぁ。……俺、2時間くらい寝てくるから、もし果歩が泣き出したら遠慮なく起こしてな」
◇
育児休暇が終わり、裕樹は職場に復帰した。もちろん育休が終わった今も、定時になれば即帰宅し、果歩のおむつを替えたり、お風呂にいれたり、休む時間のない毎日を送っている。
しかし今日は美織の母親が家に来ているらしく、珍しく時間と余裕があった裕樹は仕事のあとで会社近くの百貨店に寄った。
禁煙からおよそ1ヶ月。かつて煙になって消えていた分のお金は、今では貯金に回すようにしている。ようやく1万7,000円分の節約ができたので、2人にプレゼントを買って帰ろうと思ったのだ。
いろいろとフロアを徘徊した結果、果歩には布製の触って遊べる絵本とベビー用のブランケット、美織にはハンドクリームと授乳中でも飲める紅茶と焼き菓子の詰め合わせを買った。急なプレゼントに、きっと美織は驚くだろう。その表情を想像すると、自然と足取りは軽くなる。
次は3カ月。禁煙が無事に続いたら、今度は自分へのご褒美として、あの高級イヤホンを買いに行こうと思った。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
