「そうだ、ちょっと聞いてよ」

社食のテーブル席に腰を下ろすや、瑠璃が鼻息荒く口を開いた。

「この前、会った男。年収1000万ってプロフィールに書いてあったのに、全部嘘だったの。ありえなくない? てか何のためにそんなことするの? 意味分かんなすぎて、分かった瞬間帰ってきちゃったわ」

「あのアプリがあんまりよくないんじゃない?」

定食の焼き魚を口に運びながら、真弓は答える。

「そうは言うけどさ、私の友達もあのアプリで結婚までいったし」

「じゃあ、瑠璃の引きが神がかってるんだね」

「あーもう、辛すぎる。いいよね、真弓は。優しくて安定した仕事してる婚約者がいて」

「瑠璃だって大丈夫だよ。いい相手、すぐに見つかるって」

「そう言われて、もう何年よ……」

真弓と瑠璃は同期入社で年齢はともに35歳。長年、周りの友人や他の同期たちが幸せそうに結婚していくのを眺める側だった。

しかし、真弓には1年前、アプリで知り合った彼氏ができた。順調に付き合い、2ヵ月前にプロポーズをされた。もちろん真弓はうなずいた。結婚に焦っていたというのもあるが、それ以上に彼と過ごす人生に魅力を感じたからだ。

「そうだ。先週、両家顔合わせだったんでしょ? どうだった? 向こうのお義母さん」

「別に普通だよ。もう何度か会ってるし。むしろ、形式ばってて肩が凝るねってみんなで笑ってたくらい」

「わー、なんか花嫁の余裕って感じ」

「なにそれ。余裕なんてないよ。結婚式の準備とかいろいろ大変で」

「そういう幸せな悩み、今の私に言う?」

真弓たちは冗談を飛ばして笑いあう。穏やかな時間はあっという間に流れていくなと、真弓はふと時計を見ながら思った。