恋人の名前で届いた茶封筒
帰宅した真弓がマンションのポストを確認すると、恋人の桑田蓮司宛に見慣れない茶封筒が届いていた。宛先には債権回収センターと書かれてあり、至急確認という判子が捺されている。
真弓はその封筒を持って部屋に戻った。蓮司はソファに座って野球中継を眺めている。
「ねえこんなの届いてたけどこれ何?」
「……ん? あっやべっ、今月振り込んでなかったか」
封筒を見た蓮司は顔をしかめる。
「どういうこと?」
「いやちょっとお金借りててさ。今月分、返し忘れてただけ」
天気の話でもするみたいな気安さで蓮司は口にしたものの、真弓は驚きを隠せなかった。
「えっ⁉ 蓮司、借金あったの⁉」
思わず大きな声を出した真弓を見て、蓮司は不愉快そうに眉を寄せる。
「いや別に借金って言ってもちょっとだよ。ちゃんと返済もしてるし。そんな大袈裟に反応しなくてもいいだろ?」
「ちょっとっていくら?」
「今は200万くらい……」
ちょっとではない、と思ったものの、今度は驚きと呆れのあまり声が出なかった。
蓮司は言い訳を重ねるように言葉を継いだ。
「ほら、ちょっと前に仮想通貨が流行ったことあったでしょ。先輩がけっこう稼いでて、俺も稼げるかもって思ったんだよ。それで、投資だからってお金借りながら色々な仮想通貨に手を出してるうちに、少し膨らんじゃってさ」
真弓は頭を抱えた。
「少しじゃないよ。……ううん、額が問題なんじゃない。なんでそんな大事なことを今まで黙ってたの……⁉」
「ちょっと待って。俺が隠してたみたいな言い方をするなよ。別に言うほどのことじゃないって思ってただけだよ。今の収入考えたら、別に返せないわけじゃないし」
「そうだけど……」
「でしょ? 現に今までだって、特に問題なかったわけだし、真弓が気にすることじゃないだろ。分かったら、この話は終わり。ほら、明日はウエディングドレスの試着に行くんだし、楽しいこと考えようよ」
確かに蓮司の言うことは間違ってはいない。借金の額は少なくはないものの、多いというわけでもない。だが饒舌に喋る蓮司の態度は、真弓のことを上手く丸めこもうとしているように思えた。
真弓と蓮司は結婚するのだ。それは単に好き同士でいるというだけではない。家族になり、一緒に生活し、これから迎える出産や子育て、老後と人生のあらゆるシーンを共に過ごすということだ。
それなのに、蓮司は自分が今抱えている借金を真弓には関係のないことだと言う。それを不安に思ってしまうのは心が狭いのだろうか。結婚を前にして、ナイーブになっているのだろうか。
思ってもみなかったつまづきに、真弓はどうすればいいのかが分からなかった。
●後日、真弓は義母の忠告であれば蓮司は受け入れるのではないか、そう思い相談に向かうのだが、思わぬ形で不安が的中することになってしまう。真弓を唖然とさせた蓮司そして、その家族の正体とは。後編:【仮想通貨で200万の借金…婚約者の不届きな行為を相談に行くも、義母から返ってきた"婚約解消"を決意させた一言】にて詳細をお届けする。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。