<前編のあらすじ>

35歳になる真弓はマッチングアプリで出会った蓮司と交際中だ。2カ月前にはプロポーズされ了承。両家顔合わせもすでに済み、結婚まで秒読みである。

だが、そんな幸せに水を差すような出来事が起こる。ある日、蓮司の名前が記された茶封筒が届く。宛先は「債権回収センター」となっており「至急確認」と書かれたハンコも捺されていた。

いぶかしく思い蓮司に問いかけると、蓮司はあっさりと借金があることを認めた。「些細なことだ」という風な蓮司だったが、聞けば、その額は200万にも上るという。これから長年共にするであろう人間の思わぬ一面を知り、真弓は茫然としてしまうのだった。

前編:「君が気にすることじゃない」とは言うものの…婚約者のもとに届いた、アラサー女子を戦慄させた茶封筒の中身

義母「何かやらかした?」

どうすればいいのか分からなかったが、真弓が何を話しても蓮司が理解してくれないだろうことは明らかだった。だから真弓は蓮司の母――薫に相談することにした。このとき、自分の両親に頼らなかったのは、単に余計な心配をかけたくなかったからで、彼の母親ならひょっとすると借金のことも何か知っているのかもしれないと思ったからだった。

案の定、薫は相談したいことがあると連絡すると、「あら、あの子ったらひょっとして何かやらかした? 何でも言ってね。私は真弓さんの味方だから」と心強い言葉をくれた。

きっと蓮司も母親から指摘されれば少し態度を改めて、いろいろと考え直してくれるに違いにない――。真弓はそう思っていた。

義実家の玄関を開けると、薫は笑顔で真弓を迎え入れてくれた。

「わざわざ来てくれてありがとうね。さあ入って」

リビングで軽い近況報告をしながら、出された冷たいお茶を飲み、真弓は折を見て本題を切り出した。

「ひょっとするとお義母さんは聞いてたかもしれないんですけど、蓮司さんに借金があったみたいで……」

「あら、そうだったの?」

真弓は真剣な表情でうなずく。

「……はい、それがつい先日分かったんです。私もそのことはずっと知らなくて」

「ちなみに借金っていくら?」

「……200万らしいです」

「なんだ、大したことないじゃない」

「え?」

「ん?」

時が止まったように、2人は視線を交差させた。

「……え? もしかして、相談っていうのはそれなの?」

「……はい。あの、ずっと200万借金があることを隠されてたんですよ? しかも仮装通貨なんてギャンブルみたいなものに使ったお金で……」

薫は困ったような笑みを浮かべた。

「でも蓮司だって働いて返してる借金でしょう? それに200万くらいで、そんな心配しなくても大丈夫よ。これから家を買ったりしたら、そんな額じゃ済まないんだから」

何がおかしいのか、薫はけたけたと笑っていた。

真弓は家のローンと婚約者に秘密でしていた借金とが同じわけがないと思ったが、反論はできなかった。きっと何を言ってもダメなのだろう。蓮司に話が通じないように、この母親も何も分かってはくれない。

「ああ、よかった。あの子が浮気でもしたのかと思って、ひやひやしてたのよ」
薫は最後まで安心で緩んだ表情を真弓に向けていた。

真弓が両親に電話をしたのは、その日の夜のことだった。母も父も、蓮司が黙って借金をしていたことに驚きつつも、親身になって真弓の話を聞いてくれた。

「で、お前はどうしたいんだ?」

そう問いかける父の言葉に、真弓はすぐには答えられなかった。

結婚はしたい。けれど、この人だとプロポーズのときに抱いた確信は今や揺らいでいる。黙って200万円もの借金を作る人と、それを大したことがないと言ってのける家族と、これから先何十年も家族としてやっていける自信がなかった。
黙りこむ真弓に、父は優しく声をかけてくれた。

「お前がしたいようにすればいい。俺と母さんにも色んな問題はあったけど結婚してよかったと思ってる。でも結婚だけがすべてじゃないだろう」

父の言葉に真弓は辛うじてうなずいて、電話を切ったあとで思い切り涙を流した。