この程度のことで
オフィスの壁にかかっているカレンダーがふと目に入って、真弓はため息を吐いた。本当ならば、今週末の日曜日は結婚式を挙げる予定の日だった。
真弓は両親に相談したあと、蓮司ともう1度、借金について話し合おうとした。けれど蓮司の態度は変わらず、「この程度のことでぐちぐち言われるんじゃ、これから先が心配だ」とまで言ってのけた。
真弓は確かに、蓮司と家族になる未来が呆気なく崩れ去っていく音を聞いた。
婚約解消は揉めた。蓮司たちはこの程度のことでおかしいとの一点張りで、最後まで婚約破棄の慰謝料を請求してきた。真弓はそれで縁が切れるならという気持ちだったが、父と母が悪くないのに払う必要はないと、弁護士費用を工面して争ってくれた。両親は、単なるお金の問題ではなく、自分の娘が間違っていないことを証明しようとしてくれた。
結局、慰謝料を払う必要はなく、真弓は蓮司との婚約を解消することができた。法的にはすっぱり終わったことだったが、もちろん感情はそんな風に割り切ることはできなかった。
「真弓」
デスクでため息をついていると、後ろから瑠璃に声を掛けられた。振り返ると、瑠璃が何かを企んでいるような計算高い笑みを浮かべて立っていた。
「今日、医者の卵と合コンなんだけど、ちょっとアシストしてよ」
「アシスト?」
「そう、私がいいなって思った子がいたら、助けて」
傷心の真弓に、こんな自分本位なお願いをしてくるのは彼女くらいのものだ。だが、その裏側には、いつまで引きずっててもしょうがないでしょというメッセージが込められている。
社内では唯一すべての事情を知っている瑠璃は、真弓の心情を理解し、彼女なりに心配してくれているのだろう。
「仕方ないなぁ」
真弓がしぶしぶという雰囲気を出しながら応じると、瑠璃は嬉しそうに笑った。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。