分娩室で知る無力さ
病院に到着して名前を告げると看護師が病室まで案内してくれた。病室に入るとそこにはベッドの上で痛みに耐えている美織の姿があった。
美織は苦しそうな表情をしているが、まだ分娩室に運ばれる様子はない。もう少し子宮口が開いたらね、と様子を見に来た年配の看護師が言って立ち去っていった。
「美織、大丈夫か……⁉」
「……来てくれたんだね」
「当たり前だろ」
美織の額からは汗が滲み、呼吸も浅かった。
会話をするだけでも大変そうだったから、裕樹は黙った。自分にできることはただ美織を力づけるだけだと思って美織の手を握りしめた。
美織が苦痛にうめく波が少しずつ短くなっていくと、看護師たちがやってきた。分娩室に移動するかたわら、看護師に立ち会う意志を伝えると不織布のガウンとキャップを渡された。ジャケットや指輪、時計を外してガウンに袖を通し、震える足で分娩室に入った。
分娩室での時間を裕樹はとても長く感じた。苦しみもだえる美織に裕樹は言葉をかけ続けた。
「大丈夫。美織なら大丈夫だ」
そう言いながら自分自身の無力さを心の中で嘆いていた。何もできない。美織と子どもが健康でいてくれることを願うことしかできない自分が歯がゆかった。裕樹は何でもするから母子ともに無事でいさせてくれと神様に願った。やがて分娩室に赤ちゃんの泣き声が響いた。
「ほら、かわいい女の子ですよ」
小さく泣いている我が子の姿を見て裕樹は目頭が熱くなった。
「美織、ほら俺たちの子どもだよ」
そう言うと美織は疲れながらも笑顔を見せて我が子を抱いた。その光景を裕樹は一生忘れることはないだろうなと思った。次に裕樹も我が子を抱かせてもらった。
裕樹の腕のなかで、赤ちゃんは目を閉じたまま小さな口をもごもごと動かしていた。しわの寄った手が何かを探しているかのようにゆっくりと動いていた。裕樹の指先がその手に触れると、赤ちゃんは反射のようにぎゅっと握り返してきた。その力はとても弱かった。ただの反射だということは分かっていたけれど、それでも必死に自分にしがみついてるように感じられた。驚くほど体重は軽かったが、その存在は裕樹にとってとても重たく感じられた。
