2体並ぶマネキンの角度が気に食わない。春樹は1度構えていたスマホをスーツジャケットのポケットへしまい、スーツとコートを着込んだマネキンの角度を調整する。数センチ、いや数ミリという微妙な角度を感性を頼りに整えると、再び離れてマネキンへスマホを向ける。
まあこんなもんだろう。シャッターを押す。写真は店長を務める紳士服店の、明日からの初売りセールに向けたSNS投稿用だった。
「店長ー。レジ金オッケーでした。そろそろ店閉めちゃっても大丈夫ですか?」
「ああ、うん。もうこんな時間か」
後輩社員の益田に声を掛けられて、春樹は腕時計を見た。時計の針は18時を回ろうとしている。
普段は20時まで営業している店も大みそかは閉店が早い。みんな早めに家に帰り、こたつにでも入りながら紅白を見てそばを食べるのだから、当然と言えば当然だった。
「早く閉めるくらいなら、もうちょっと思い切って店休にしてくれてもいいんすけどねー」
「確かになぁ。仕事納め即仕事始めだもんな。毎年のことだけど、全然納まった気がしねえ」
「ほんとっすよ。元旦くらい買い物なんかしないで家でのんびりしてくれよって」
益田がレジを落とし、春樹は店内の照明を消す。暗くなった店内はそれまでのまばゆさを忘れたように、あたりの夜へと静かに紛れていく。
2人はスーツの上からコートを羽織り、マフラーを巻き、店をあとにする。いつもと変わらず、また15、6時間後には見る景色でも、今年もこれで終わりだと思うと、少しだけ感慨深いような気もする。
「店長、今日もワン缶行きますか?」
「いやいや、お前、嫁さんは? さすがに今日くらい帰ったほうがいいんじゃない?」
「うちの嫁、今2人目妊娠してるでしょ。1人目が大変だったこともあって、無理しないでいいからって嫁の両親が昨日からウチに来てんですよ。なんか気ぃ遣うし、家族水入らずでどうぞっていう俺の配慮ですね」
益田は笑っていた。3年前に結婚し、もう2人目の子供の出産を控えている益田と違い、春樹は42歳になっても独身で、家に自分の帰りを待つ人もいない。きっと益田の誘いは、そんな春樹を気遣っての配慮でもあったのだろう。
「じゃあ、ワン缶すっか」
と、春樹はその気遣いに甘えておくことにした。