兄からの知らせ
いつの間にか眠っていたらしく、気がつくと年を越していた。飲みかけの缶を倒したらしく、テーブルの上がビールまみれになっていた。
春樹は頭痛のする頭を支えながら立ち上がり、ティッシュを無造作に抜いてテーブルを拭く。時間は朝の5時。片づけてシャワーを浴びて仕事の準備をしなければ、と思った。
どこかでスマホが振動する音が聞こえた。こんな朝方に誰だよと思いながらも、春樹はスマホを探した。スマホは床とカーペットのあいだに挟まっていた。手に取ったスマホを確認して、春樹はまだ自分が寝ぼけているのかもしれないと目をこする。
着信は実家で家業の畳屋を継いでいる兄の芳樹からだった。
もしかすると俺と同じように酔っていて、間違い電話をかけてきているのかもしれない。スマホを握ったまましばらく放置していると鳴りやんだので、そう思って脱衣所へ向かうと、兄からの着信で再びスマホが鳴った。春樹はけげんさを抱えたまま緑の通話ボタンをタップする。
「はい……」
「はいってなんだよ、はいって」
芳樹の第一声は笑い声だった。兄や母とはたまに電話やメールでやり取りをすることがあったので、それほどひさしぶりという感じはなかったが、声はいくらか疲れているように聞こえた。
「なんだよ、年明け早々から」
「なあ、春樹。お前さ、今年はなんとか都合つけて帰ってこられんの?」
これまで要らぬ心配で連絡をよこすことはあったが、兄も母も一度も春樹に帰ってこいとは言ったことがなかった。だから春樹のけげんさはますます深まった。
「何言ってんの。どうしたんだよ」
春樹がやや声を尖(とが)らせて言うと、芳樹は黙り込んだ。春樹は息を吐き、続く言葉を待つ。
「……おやじのことなんだけどな、もう今年が最後の年越しになるかもしれねえんだ」
「は?」
芳樹は父がガンであることを話した。春樹は黙って聞いていた。ガンが見つかったときにはすでに全身に転移していて回復の見込みがないこと。治療で入院するよりも家で過ごすことを選んだこと。余命があと半年もないこと。春樹は芳樹の言葉をうまく飲み込むことができなかった。
「だから帰ってこないか? 今はまだ、おやじも話せるし、お前にも会いたいと思うんだよ、春樹」
「……ちょっと待ってくれ」
すぐには答えることができなかった。春樹は深く息を吐いてバスルームに閉じこもる。
けだるい身体の上を流れていくシャワーの水は、いつもより少しだけぬるい気がした。
●突然の知らせに心の整理がつかない春樹。父と和解することはできるのか? 後編【24年前に決別した父が末期がんに…実家へ駆けつけたアラフォー男が見た“信じられない”光景】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。