ワン缶のあたたかさ
店の売り上げがよかった日も、悪かった日も、棚卸しで遅くなった日も、こうして帰り道に一缶だけのちょい飲みをするのが、春樹たちの習慣だった。
いつものように駅前のコンビニに寄って酒を買い、バスロータリーの端にある喫煙所へと向かう。それぞれたばこに火をつけ、深く煙を吐いたところで缶ビールを開ける。冬の澄んだ空気に、栓を開けた炭酸の、小気味のいい音が響いて消える。
「そういえば、店長は実家とか帰んないんですか?」
「んー、帰んないかな。仕事あるし、家族仲もそんなにいいわけじゃないし」
「そうなんすね。まあ、この仕事だとまとまった休みも取りづらいっすもんね。俺もしょっちゅう帰って来ないのかって聞かれるんですけど、いざ帰るってなると面倒くさくて」
益田は笑って言った。
聞いてくるだけましだよ。春樹は思わず口を突いて出そうになった言葉を、口先の笑みで曖昧に濁し、アルコールで胃のなかへと流し込む。いつの間にか灰に変わっていたたばこが崩れ、革靴のつま先を白く汚した。
さすがに長引かないよう早々に解散し、春樹は帰路に着いた。寒空の下を歩いているとなんだか物足りなくなって、駅と家のあいだにあるコンビニでビールとハイボールといくつかつまみを買い込んだ。
家についてテレビをつけると、各地の年越し模様が生中継されている。あと2時間もすれば新しい1年がやってくる。そのことが、春樹には自分とは関係のない遠い世界のことのように思えた。
画面が切り替わって次に映ったのは春樹の地元に近い町だった。雪が積もるなか、除夜の鐘を鳴らすお坊さんの姿が流れている。
その光景が、春樹のおぼろげな記憶と重なる。まだ父との関係がまともだったとき、1度だけ似たような雰囲気の神社に家族で初詣に向かったことがあった。
「あのとき飲まされた甘酒、マズかったよなぁ」
酔っているのだろう。春樹はぼんやりした頭に浮かんだ言葉をそのままつぶやいて、ハイボールを流し込む。
一度思い出してしまった記憶は、芋づる式に次から次へと呼び起こされていった。