坂倉珠希さん(仮名)の実家は都内で建築関係の会社を経営しており、坂倉さんは役員を務めています。数年前には金融機関に勤務していた坂倉さんのご主人が副社長として社長のお父様のサポートに入り、事業承継対策も万全のはずでした。しかし、お父様はなぜか遺言書の作成を頑なに拒んでいたようです。

「遺言を書くのを嫌がる人は、隠し子がいることが多いんだって」。高校の同級生だった顧問税理士の息子からそんな軽口を聞かされても半信半疑だった坂倉さんですが、昨年夏にお父様がくも膜下出血で急逝すると、まさにその隠し子の存在が発覚したのです。突然のことにお母様は半狂乱。顧問税理士も「ひと言言ってくれれば」と頭を抱えました。そして、坂倉さん親子が会社を守るために下した決断は? 一周忌を終えた坂倉さんが、困難な経験とお父様への思いを話してくれました。

〈坂倉珠希さんプロフィール〉

神奈川県在住
40歳
女性
会社役員
夫と2人暮らし
金融資産8500万円(世帯) 

遺言書作成を頑なに拒み続けた父の不可解な態度

あれは確か、コロナが5類に移行した2023年の夏頃のことだったと思います。実家が経営する会社の役員を務めている私は、実家で母と顧問税理士と打ち合わせをしていました。

打ち合わせを終えた後、母が「先生、例の件もお願いしますね」と言うのを聞き、「例の件って何?」と尋ねると、母は意味ありげな笑みを浮かべて黙ったままだったので、その場では深く追及しませんでした。

それが父に遺言書を作成させることだと知ったのは、打ち合わせの半年ほど後のことです。顧問税理士の野口さんの息子は私の高校時代の同級生で自分も税理士資格を取得し、お父さんの事務所を手伝っています。その野口君から穏やかでない話を聞かされたのです。

お父さんの方の野口さんは父が還暦を迎えた頃から何度か遺言書の作成を働きかけてきたけれど、頑として首を縦に振らない、と。

「親父が言ってたのは、社長のように遺言書の作成を頑なに拒み続ける人って実は家族に内緒の婚外子がいるケースが多いんだって。まぁ、あの社長に限ってそんなことはないと思うけど」

私もまさか父がと思った半面、もしかしたらと不安に駆られたのも事実です。