実直で不器用、それでも取引先から絶大な信頼を得ていた父
父は典型的な昭和の経営者で、家庭人です。若い頃は仕事一筋であまり家庭を顧みない面もありましたが、かといって家族に無関心だとか冷淡だというわけではなく、休みが取れれば母や私の家族と旅行に出かけたりしますし、最近は特に、家族の誕生日にはプレゼントを欠かしません。
外見は昭和の人気俳優に少し似ていて、子供の頃に友人から「珠希のお父さん、かっこいいね」と言われたことも何度かあります。でも、父は娘の私から見ても実直、不器用で、対人関係もうまく立ち回れるタイプではありません。
そうした性格のせいかビジネス上トラブルが生じた時にうまく弁明ができず責任を被ってしまうことも度々あったようですが、一方で、長いお付き合いで父をよく知る取引先からは全面的に信頼されているのがよく分かりました。
私の夫は結婚後しばらくして勤めていた金融機関を辞め、父の仕事をサポートしてくれていますが、その夫をして「お義父さんを見ていると、いつも、ビジネスは最終的には人間力だと思うんだよね」と言わしめるほどです。
ですから、野口君の話は気になった半面、母はともかく娘の私から「遺言書を書いて」と言うのもどうかと思い、父がその気になってくれるのを待つしかありませんでした。父はまだ60代でしたし、仕事にしても、後継者である夫に本格的に権限を委譲するまでは時間的余裕があると考えていたのです。
しかし、私の考えは甘かったようです。