<前編のあらすじ>
拓司は甲子園出場経験もありピッチャーとして球界入りを目指した経験もあった。しかし、今はしがないバイト暮らし。ゴミにまみれた部屋で、缶チューハイをあおりながら日々を過ごしていた。
転落の原因は大学時代にある。野球の推薦で大学に入学を果たすも、高校時代から悩まされていた肩のケガが悪化。野球を続けられなくなり2年と持たず大学を退学することになった。
そこからは坂道を転げ落ちるようだった。就職活動には身が入らず、職を転々とし28歳の今でもバイト暮らしをしていた。
対照的なのは旧友の亨である。同じように推薦で大学入学を果たすと、ドラフト入り確実とまで言われるほどの結果を残した。しかし、プロ志望届すら出さず、あっさりと野球を辞め、今は会社員として暮らしている。
プロの道をあきらめざるを得なかった自分と亨を比べて、拓司はこみ上げる悔しさを抑えられないでいた。酒に逃げていたのは亨の存在が理由でもあった。
そんなある日、亨が拓司の家にやってきて……。
前編:10年前は野球でプロ入りを目指すも…汚部屋で缶チューハイをあおる日々を過ごす28歳男性に訪れた転機
一路母校へ
助手席のシートベルトの締め付けに身じろぎをしながら、拓司はどうしてこうなったのかと後悔していた。
「一応さ、クーラーボックスに差し入れのスポドリ入れてるんだけどそれだけで良いかな? お前は何か途中で買う?」
ハンドルを握る亨は陽気だ。車内には深夜ラジオが流れ、男2人で聞くにはあまりにムーディな音楽が流れる。
「いいやいい。そんなに甘やかす必要ないだろ」
「そう拗ねるなよ。いい気分転換だろ?」
転換どころか最悪な気分だ。拓司は何も答えず、窓の外を流れていく夜の街の景色を眺めた。
「悪かったな。強引に誘って」
「悪いと思ってるならあんな強引に誘うなよ」
拓司はあからさまにため息を吐いた。不満を表明したつもりだったが、亨がそのことに気づいた素振りはない。
「だってさ、誘えるの拓司くらいしかいなかったんだよ」
「は? なんで?」
車は赤信号で停まる。亨はこちらをチラリと見てきた。
「高田とか石塚とかにも声かけたんだけどさ。子供の相手をしないといけないとか、海外出張だとかで断られたんだよ」
「俺が暇してるから誘ったってことか?」
「まあ、そうなるな」
拓司は窓の外を眺めながら他の部員たちが結婚して子供がいることに思いを巡らせた。
全員がどんどん大人として前に進んでいる。拓司は自分だけが取り残されているような感覚になった。
もうすっかり治ったはずの肩がピリッと痛むような気がした。
この怪我さえなければ。
また苦々しい思いがわき上がってきた。これだから野球と関わるのは嫌なんだ。