恩師に挨拶
途中、サービスエリアで仮眠をとりながら向かい、高校に着いたのは翌朝の10時を過ぎたころだった。
部員は基本寮に入っているので、この時間帯は午前練習が始まってすぐの時間だった。グラウンドでは既にいくつもゲージが並んでいて、フリーバッティングの練習が行われていた。昔はグラウンドの外に見学者も大勢いたが、10年も甲子園から遠ざかっているためか、ベンチを覗き込むと、記憶より年老い、白髪の増えた荻原監督が練習する部員たちをにらみつけながら座っていた。
「監督、お久しぶりです」
亨が声をかけ、2人は深々と頭を下げた。荻原監督は驚いた様子ながら、現役のときは想像もできなかった朗らかな表情で拓司たちを迎え入れてくれた。
それから2人はマネージャーに差し入れを渡し、監督に聞かれるがまま近況を話した。亨はスポーツ用品メーカーの営業らしく、今はサッカーで使うサポーターを売っているらしい。監督に報告している様子は、充実感にあふれていると言わんばかりできらめいていた。
一方、拓司のほうは報告できることなんて何もなかった。亨が「拓司も忙しいんだよな」と話題を振ってきたが、「ええまあ、はい」と言葉を濁すことしかできなかった。
思い出話もそこそこに、監督が部員たちに集合をかけ、拓司たちはひと言挨拶をした。甲子園に出た代だと紹介されると、彼らの目の色が変わった。拓司は、甲子園に出た先輩が今こんなに落ちぶれていることでショックを与えたりはしないだろうかと、背中に冷や汗を書き続けた。
礼儀正しくお礼を述べて練習を再開していった部員たちを見送ると、拓司たちは手持無沙汰になった。すぐにでも帰りたかったが、運転できる亨がいなければ帰ることもできなかった。拓司は仕方なくベンチに座り、後輩たちの練習を眺めた。
ふと、グラウンド横のベンチの背もたれに書いてある歴代の部員たちが彫りこんだ後輩たちへのメッセージを見つけた。順を追って読んでいくと、当然拓司たちの代のものもあった。
――聖地に返り咲け!!!!!
やたらとビックリマークが多いのが、いかにも高校生らしい。
拓司たちが行って以来、甲子園からは遠ざかっている。まるで当時のエースだった自分が落ちこぼれた呪いが、母校にまで伝染しているように思えた。