強力な助っ人を迎えて
翌日、母は裁縫セットを背負ってやって来た。
1日だけなら手伝いに行ける、ということで甘えさせてもらうことにしたのだ。
母がテーブルに広げたのは、クラフト紙、チャコペン、細い定規、リッパー。
「型紙はここから。縫い代は控えめに。生地の目はこっち。マスクもつけるなら通気忘れない。肩は可動重視、ここで布を逃がすわけ」
要点を実演して、母は手を止めた。針山を麻里子のほうへ押しやる。
「ここからは、あんたがやりな。私は見るだけ」
線が1本増えるたび、不安の輪郭が別の形に変わっていく。
「テーマは?」
「戦隊モノのヒーロー。今、翔が一番ハマってるやつ」
「いいね。光り物はどうする?」
「電池は危ないからやめる。蓄光テープならありかな」
母はうなずき、チャコペンのキャップを閉じた。
「覚えておきなさい。失敗したら糸を切ればいいだけ」
昼下がりには、近所の手芸店へ歩いた。
厚手と薄手の布を触り比べ、伸縮の具合を腕の内側で確かめる。蓄光テープは端が浮きやすいと店員に聞いて、ほつれ止めと細い糸も一緒に買う。マジックテープは幅違いを2種類。
家に戻るころ、窓の外は少し早い夕暮れの色に変わっていて、母は翔の戦隊ごっこに付き合いながら笑い転げたあと、帰っていった。
麻里子は型紙の端をクリップで留め、まち針を数え、ミシンのスイッチを入れる。モーターの音が部屋に薄く流れ、机の上に置いた紙がわずかに震えた。
静かな部屋に、試し縫いの細い音がひと筋走る。
裁縫はまったく初めてではない。ちょっとした小物なら、そこそこ形になる。でも、衣装のような大きなものは初めてだった。
ふと思い出すのは、昔、休みの日に母の隣でハギレを縫い合わせて、まっすぐ縫えた一本を何度も見返したときの、あの嬉しさ。
ミシンの音が規則正しく続くと、目の前の面倒が単純な作業へほどけていく。縫って、折って、押さえる。小さな成功が、机の上に積み上がる感じがした。
●本格的な仮装が半ば強制されるハロウィンパーティーに誘われた麻里子。裁縫の得意な田舎の母を呼び寄せ作った衣装にママ友たちは…… 後編【ボスママの圧力に震えるハロウィンパーティー…同調圧力の中、勇気を振り絞った手作り衣装が起こした奇跡】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
