会社帰りに立ち寄ったスーパーの店内で真央は思わずため息が出た。
2月に入り一桁代の最低気温を叩き出す毎日の中で、さらに真央を気落ちさせるポップが目に入ってきたからだ。
季節商品を扱う商品棚にバレンタインデーフェアとデカデカと書かれてある。もうすぐバレンタインデーなる1年でもっとも鬱陶しいイベントが開かれるのだ。
真央は逃げるようにチョコレートが並んだ棚から離れる。甘いものは嫌いではなかったが、この時期だけはどうにもうんざりだった。
一説によると、このバレンタインデーの経済効果は1000億円を超えるらしい。みんなお菓子メーカーの陰謀に踊らされているだけだと、真央は思う。
真央は小さいころから、イベントごとが苦手だった。バレンタインはもちろん、クリスマスや夏祭り、果てには自分の誕生日でさえも、楽しめたためしがない。どうしていつもと変わらない1日でしかないその日に特別な価値を見出し、浮足立って楽しむことができるのか、分からなかった。
なかでも、バレンタインデーだけは端から端まで理解ができない。どうして女であるというだけで、お菓子を用意しなければいけないのだろうか。
学生時代、学校にお菓子を持ってこなかっただけで、グループのみんなから冷めた目を向けられた。会社に勤めるようになってからは、当時まだ残っていた女性社員が男性社員にチョコを配るという気味の悪い風習のため、この時期になると休日にチョコレートを大量に購入して用意するという時間外労働を強いられた。
それに、たいていの場合、チョコレートにくっついてくる“誰が誰を好きだ”とか“誰に告白するのか”という話題を恥ずかし気もなく、披露しあう空気も全く解せない。
そして何より、去年だ。
去年のバレンタイン、夫の昌志が会社の同僚や後輩からチョコレートをもらって帰ってきたことで、真央の抱いてたバレンタインデーへの苦手意識は明確な嫌悪を帯びるようになった。