チョコもらうのなんて学生ぶり
「どうしたの、これ」
通勤用の鞄とは別に、紙袋を持って帰ってきた昌志に、真央は尋ねた。
「ああ、会社でもらったんだよ。なんかバレンタインデーだからって」
「へぇ」
真央は自分で聞いておきながら、興味のなさそうな生返事をする。
昌志は年の暮れに男性ばかりだった理系のベンチャーから、中堅のSIerに転職したばかりで、新しい会社で迎える初めてのバレンタインというわけだった。
もちろん歓迎の意味もあるのだろう。
だが真央には釈然としない気持ちがあるのも事実だ。
「今ってすごいんだな。チョコもらうのなんて学生ぶりだったから全然知らなかったけどさ、めちゃくちゃ手が込んでるんだよ。いいよなぁ、大人になると誰かがこうしてプレゼントしてくれる機会も減るしさ、なんか久しぶりに嬉しい気持ちになったよ」
昌志は嬉しそうに言って、紙袋から高そうな紙箱を取り出してふたを開ける。真央でも名前だけは聞いたことがあるフランスだかイタリアだかの有名なチョコレートだ。箱の中は小分けに仕切られていて、そのひとつひとつに動物のかたちを模した色とりどりのチョコレートが並んでいた。
「真央も食べる?」
昌志はビーバーか何かのかたちをしたチョコレートを食べたあと、箱を真央へと向けた。行儀よく狭い仕切りのなかに収まった動物たちが、右に倣えでイベントを楽しもうとしない真央のことをバカにしているように思えた。
「いらない。甘いもの好きじゃないし」
「え、そうだっけ」
昌志はとぼけながら、チョコレートをもうひとつ口に運ぶ。
「食べ過ぎると鼻血出るよ」
「それ、迷信だからね。大丈夫」
もぐもぐと咀嚼しながら緩んでいる口元をにらみつけ、真央はシャワーを浴びにバスルームへと向かった。