<前編のあらすじ>
32歳の葵には付き合って8年になる恋人、清志がいる。清志は不動産の営業マンだ。収入は安定していて、性格は穏やか、気配りもできる。
だが、葵には結婚をためらう理由があった。清志には唯一にして最大の欠点があったのだ。浪費癖である。
ある日、清志の家でデートをしていたときのこと、葵はそれとなく浪費癖をたしなめようとするのだが、清志はどこ吹く風。
つい最近、20万のローンを組んで購入したゴルフクラブやバッグを自慢し始める始末だ。
葵は清志の家で映画を見ながら、将来の不安に思いを巡らせていると、清志のスマホが震えた。葵は思わず画面をのぞき見る。
葵は清志が慌ててしまったスマホの画面にポップしたマッチングアプリの通知を見逃さなかった。
前編:「イケるイケる。ローンだし」32歳女性が8年付き合った彼氏との結婚にどうしても踏み切れない背景にある彼氏の悪癖
なんでマッチングアプリが
映画の内容は頭には入らなかった。目にはポップしたマッチングアプリのアイコンが焼きついていて、もう他のことは何ひとつ考えられなかった。
いつの間にか映画は終わっていて、テレビはバラエティ番組の笑い声を垂れ流している。清志は黙ったままスマホを弄っている。謎の対抗心が湧いてきて葵もスマホでSNSをチェックするが、思い浮かぶのはマッチングアプリのことばかりだった。
どうして清志はマッチングアプリなんてインストールしているだろうか。見間違いだろうか。一瞬だったしそうかもしれない。私に何か不満でもあるのだろうか。結婚や将来の貯金の話が重かったのだろうか。貯金がないくらいで、私は心が狭かったのだろうか。カレーを美味しいと言って食べていた清志は一体何を考えていたのだろうか。どんな気持ちで、私が切った人参を頬張ったのだろうか。
そうやって意味のない自問自答をくり返していると、徐々に怒りが湧いてきた。
私が何か悪いことをしたのだろうか。たとえしていたとしても、マッチングアプリをインストールする理由にはならないはずだ。
葵はおもむろにテーブルの上のリモコンを手に取り、赤い電源ボタンを押した。ふつっと消えたテレビの黒い画面に、表情のない葵の顔が映っている。
「え、どうしたの?」
驚いた清志に、葵は真っ直ぐに手を差し出す。
「スマホ見せて」
「え? 何?」
「いいからスマホを見せてって」
清志はスマホを守るように抱え、背中をわずかに丸めた。
「な、なんでそんなことをしないといけないんだよ? い、今までそんなことしたことないだろ?」
「だって清志を疑うようなこと、今までなかったから。でも今は見ないといけないことがあるの。だから見せて」
清志は黙っている。このままじゃらちがあかないと思った葵はもう1度、自分の決意を丁寧に確かめるようにして手を伸ばす。