アプリで、人と会ったの?
「なんでマッチングアプリなんてインストールしてるの? 何のため?」
葵がそう聞くと、清志はハッとした顔になり、すぐに笑顔を作った。
「あ、ああ、これな。いや違うんだよ。一樹いるじゃん、ほら同僚の。その一樹がめっちゃ使ってて、飲み屋で話してるときにちょっとやってみろよってなって、ノリでインストールして消し忘れてただけ。別にほんとにそれだけだから」
「そうなんだ。それじゃあ携帯を見せて」
「いやだから消し忘れてただけだって」
「だったら見せてくれたって平気でしょ?」
清志は黙り込んでしまった。何でそっちが被害者みたいな顔をしているのか。葵の目には清志が突然知らない人になってしまったような、得体のしれない存在のように映っていた。
本当にこの人のことが好きだったのだろうか――そう自問する。
もうよく分からなかった。
「会ったの?」
「え?」
「だから、会ったの? アプリで、人と会ったの?」
聞きながら、もし会っていないと言ったらどうするつもりなのだろうと不思議に思った。なんだ、本当にインストールしただけだったんだね、勘違いしちゃったよ、ごめんね。そんな風になかったことにできるのだろうか。そうすればこれまでと同じように、清志との関係を、それに慣れてしまった葵自身の生活を、続けていくことができるのだろうか。
だが、そんなすがるような淡い期待は、続く清志の言葉であっさりと打ち砕かれた。
「……1回だけ。どんなもんかなと思って、会ったよ」
「そっか」
もう無理だ、と思った。さっきからずっと、葵は涙をこらえている。少しでも気を緩めれば溢れそうになる涙をこらえている。
絶対に流してやるものかと思っていた。こんなことのために、こんな男のために、流す涙なんてなかった。そんなにも、葵は情けなくなりたくなかった。