まんざらでもなさそうな夫が……
「へー、真央ってそんな可愛いところがあるのね。もっとクールなタイプだと思ってた」
と、同僚の理香子に言われたのは、バレンタインデーを1週間後に控えたある日の昼休みのことだった。
もはや働き方改革や地方創生と同じように国の政策なのではと思いたくなるくらい、街のいたるところがバレンタインを連想させるピンクとブラウンで溢れている。
真央たちの社食も例外ではなく、バレンタインに紐づけたフェアが開催されており、券売機横に掲示されていた期間限定のフォンダンショコラのポップに眉をひそめていたところ、理香子にワケを聞かれ、真央も仕方なく去年の夫との出来事を白状したというわけだった。
「ちょっとからかわないでよ。こっちは真剣なんだから」
「まあ、あんたの気持ちも少しは分かるわよ。男ってけっきょくそういう甲斐甲斐しい女が好きだったりするもんね」
「もらってくるなって目くじら立てるのも、なんか心が狭いしさ。とはいえ、夫だって今まではこういうイベントに無頓着だったくせに、なんかまんざらでもなさそうな顔して喜んでると、今まで無理させてたのかなって気持ちにもなるし」
こうして話しているだけでも、真央の脳裏には去年の苦い思い出がよみがえった。けっきょく1人でちまちまとチョコレートを食べて楽しんだ昌志は、1ヶ月後のホワイトデーでどんなもの買えばいいか手伝ってと、真央をお返しの買い物に付き合わせた。返したクッキーは好評だったと昌志は喜んでいたが、真央はうんざりだった。
けっきょく、口ではなんと言おうと、昌志も浮ついたイベントが好きだったのだ。
ひょっとすると、このままいけばいつか昌志に愛想を尽かされるような日が来てしまうかもしれないと思うのは、考えすぎなのだろうか。
「まあでも、目には目を歯には歯をってことじゃない?」
「どういうこと?」
ホットコーヒーを飲みながら、真央は首をかしげる。
「チョコにはチョコで対応ってこと。旦那さんがビビるくらいのチョコレート、真央が手作りしてあげたらいいんだよ」
「でも、私、お菓子なんて作ったことないよ?」
「何事も初めてはあるでしょ。ここでうじうじ悩んでるくらいなら、思い切ってバレンタインやってみたらいいと思うけど。旦那さんも喜んでくれるだろうし、案外楽しめるかもよ? 」
「そんなに上手くいくのかなぁ……」
半信半疑の真央だったが、理香子の言う通り、このまま悩んでいるくらいならと、その日の帰りにSNSで見繕ったお菓子づくりの材料を購入した。
そして、昌志には内緒で、バレンタインデー当日に向けた準備を始めた。
●真央は有休をとり、準備に励む。チョコだけでなく、お手製の料理まで作る手の入れようだった。驚く昌志に真央は自身の真意を告げる。後編【「大嫌いだったはずのバレンタインデーサプライズを決行した妻、夫が思わず笑顔になったその理由とは?」】で詳細をお届けする。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。