<前編のあらすじ>

「家は男が継ぐもの」という前時代的な価値観が残る地方で育った詩織は弟ばかりが大切にされる環境に耐えかね、18歳で家を飛び出した。以来実家とは絶縁状態で、父の葬儀にも顔を出さなかった。

ある日、母の訃報が届く。葬儀のために実家に帰った詩織は、理不尽な父から詩織を守ってくれなかった母もまた家制度の犠牲者だったのだと気づく。

相続を弟に一任し、母の死やこれまでの人生に考えをめぐらせ、気持ちを整理できないまま新幹線に揺られていた。

●前編【男尊女卑の実家を飛び出し絶縁状態…冷遇され続けた娘が疎遠だった母の葬儀のために決意の帰郷】

想定外の連絡に戸惑う詩織

週末の昼下がり、スマートフォンに再び直樹の名前が表示された。

「姉さん、今、大丈夫?」

電話越しの声は、どこか探るような調子だった。

「……うん。何かあった?」

「実はさ、母さんの遺品、整理してたら……姉さん宛の手紙と通帳が出てきた」

意外な報告に、詩織は一瞬言葉を失った。直樹の口調は慎重で、明らかに困っているのがわかる。

「何もいらないって言ってたけど、勝手に使うのも、あれだし。忙しいとは思うけど……もう一度、こっち来られないか?」

詩織は小さく息を吐いた。葬儀が終わった時点で、すべて終わったはずだった。感情的にも、形式的にも。

だが、母が遺した「何か」があるというのなら、見ずに済ませるわけにもいかない気がした。

「分かった。来週末にでも行くよ」

新幹線の車窓を眺めながら、詩織は無意識に指先で膝をたたいていた。実家へ向かうこの道は、つい先日も通ったばかり。短期間で再び向かう理由ができるとは思っていなかった。駅まで迎えに来た直樹の車の中では、気まずい沈黙が続いた。

「母さんの部屋、片付けてたら見つかって。引き出しにさ、古い通帳と一緒に入ってたんだって」

直樹は運転しながら話した。ちらりと視線を送ると、彼の横顔にはわずかな疲れが見える。相続関連の手続きに追われているのだろう。

「通帳に残ってたのが、きっかり300万円。施設に入る前に置いて行ったみたいだ。手紙と一緒に」

「……見たの?」

「あ、いや……手紙は開けてない。母さんが、姉さんに宛てたもんだし。ただ、通帳の方は一応本人に確認しないといけないみたいで……」

「そう……」