詩織の決断

ほどなくして、廊下から足音が聞こえ、直樹が戸口に姿を現した。

「……お待たせ」

彼は膝をつき、慣れない手つきで湯呑を詩織の前に置く。

「母さん、姉さんのこと、ずっと気にしてたよ」

それだけ言って、視線を畳に落とす直樹。少しの沈黙が流れたあと、詩織は口を開いた。

「……受け取るよ。手紙も、お金も」

「……えっ、本当に?」

直樹は一瞬目を見開いてから、聞き返した。詩織が辞退すると思っていたのだろう。予想が外れたことに、戸惑っているようだった。

「うん、本当に」

「あ、そう……一応嫁と話して、息子の養育費にしようかと思ってたんだけど……たった1人の孫だしさ……いや、でも……うん……そっかそっか。姉さんが使うのも、俺はいいと思うよ。母さん本人の気持ちなんだし……」

最終的にはそう言いながらも、声音には納得しきれていない揺らぎがあった。思惑が狂ったのだということは十分伝わってきた。

「そうさせてもらう。知らせてくれてありがとう」

通帳と手紙の入った封筒をバッグに入れ、詩織は弟の淹れた茶を口に運んだ。