幼稚園に着くと、ちょうどお迎えの保護者たちが門の前に並びはじめていた。残暑はまだ厳しいが、風にはどこか秋の匂いが混じり、空には鱗雲が薄く広がっている。雅美は門から少し離れた場所で立ち止まり、ちらりと時計を確認した。あと数分もすれば園庭に入れるだろう。
「あら、くるみちゃんママ。こんにちは」
「あっ、こんにちは……」
隣に並んだママ友と笑顔で挨拶を交わす雅美だったが、内心は落ち着かなかった。
教育熱心な幼稚園に子どもを通わせた理由
4歳の娘・くるみが通う幼稚園は、教育熱心な方針で知られている。読み書きや計算の基礎はもちろん、外国語の歌や簡単な理科実験までカリキュラムに取り入れていて、どの保護者も「ここなら安心だ」と口をそろえる。夫の孝之が強く希望して入園させたのも、そんな理由からだった。
しかし、雅美は密かに不安を抱えていた。毎日課題や発表の練習に追われる園に、おっとりした性格の娘が本当に馴染めるのだろうか。友達の輪に入れずに泣いていないだろうか。そんな思いが、送迎のたびに胸をかすめていた。
やがて園舎の扉が開き、先生に引率された子どもたちが列になって出てきた。にぎやかに笑い声を上げながら。
「あ、ママ!」
聞きなれた声の発信源を探すと、やや色素の薄い髪を二つ結びにしたくるみの姿を見つけた。友達と手をつなぎながら、もう片方の手をひらひらと振っている。
雅美の不安が、ふっと和らいだ瞬間だった。
「くるみ、おかえり」
「ママ、ただいま。今日はね、お絵かきで先生に褒められたんだよ!」
友達とお別れの挨拶をしたくるみは、にこにこと笑いながら、今日の出来事を報告する。
「すごいね。どんな絵を描いたの?」
「ひまわり! 大きくて元気いっぱいのひまわり!」
家に帰る道すがら、雅美は娘の話に耳を傾けながら心の中で自分に言い聞かせた。
くるみが楽しんでいるなら、それでいい。今のところ無理をしている様子はないし、仲良しの友達もできて、毎日笑顔で通っている。それなら、この園を選んだ判断は正しかったのだろう。