楽しい学芸会は親にとって地獄?
だが、その安堵も長くは続かなかった。
くるみから学芸会の練習の話を聞いたからだ。
「ママ、くるみね、うさぎさんのダンスするんだよ」
「あ……そっか、演目が決まったのね」
「うん、まのんちゃんと一緒なの」
「そうなんだ、良かったねえ……」
相槌を打ちながらも、先日偶然聞いたママ友たちの会話が頭の中で再生され、にわかに気が重くなる。
「もうすぐ学芸会の準備よね。今年はどんな演目になるのかしら」
園庭のベンチで、楽しそうにおしゃべりをしていたママたち。雅美は軽く会釈をして、その輪から少し離れた場所に腰を下ろしたが、彼女たちの声は自然と耳に入っていた。
「衣装のこと考えると、今からドキドキするわ。上の子なんて、本番前夜に泣き出して。アクセサリーが他の子より地味だって……」
「分かる! だからうちは去年、特注でドレス風にしてもらったのよ。正直高かったけど、舞台で輝いている姿を見たら報われたわ」
雅美はその言葉に目を瞬かせた。
――特注?アクセサリー?
学芸会といえば、子どもたちが歌ったり踊ったりする微笑ましい舞台を想像していた。しかし、ここでは親同士の目に見えない競争があるらしい。
「今年は衣装のベースが決まっているみたいだけど、アレンジは自由なんですって。小物でどれだけ工夫するか、腕の見せどころってことよ」
ママ友たちは軽やかに笑ったが、雅美の胸の奥底には、不安の小石がひとつ、またひとつと積み重なっていくようだった。
「ママ、どうしたの?」
つい物思いにふけっていると、上機嫌でしゃべり続けていたくるみが、不思議そうに雅美を見上げた。
「ううん、なんでもないよ」
雅美は慌てて微笑み、首を横に振ったが、いつまでも心のざわめきは消えなかった。くるみの手を握りながら、薄曇りになってきた空をふと仰いだ。