<前編のあらすじ>

帰りが遅くなり、スマホを伏せる仕草が増えた夫・勇樹に違和感を覚えていた智子。職場の同僚が冗談で口にした「不倫じゃない?」という一言が、胸をざわつかせていた。

帰宅後、ソファに無造作に置かれた勇樹の財布を葛藤の末に開けた智子は、繁華街のキャバクラの割引券と、高級ブランドの「カードケース」を購入した高額レシートを発見する。

智子が問い詰めると、勇樹は「違うんだ」と繰り返すだけで、歯切れの悪い弁解と沈黙だけが続き、2人の間に重苦しい空気が流れた。

●【前編】「不倫じゃない?」突然の残業、不審な言動の夫に違和感…妻の疑念が“確信”に変わった「決定的証拠」

深夜の対峙、その結末は?

いつの間にか、時計の針はすでに日付をまたいでいた。湯気の消えたマグカップと、冷めた空気が漂うリビングのテーブルの上には、まだ名刺とレシートが置かれたままだ。智子は腕を組みながらソファに座り、向かいの勇樹を見つめていた。

部屋の灯りは落としきれず、間接照明の下で互いの顔だけが浮かび上がる。

「だから……ほんとに、そういうのじゃないんだって」

勇樹の声は、今にも消え入りそうだった。そのか細さに、智子は眉を寄せた。

「じゃあ、どういうのよ?」

問いが鋭くなるのを自覚しながらも、智子は止まれなかった。

「前から私言ってるよね? いつも説明が足りないって。連絡もなしで遅くなるの、何回あった? “言わなくてもわかるだろ”って思ってる? そんなの、察してばっかりじゃこっちがもたないのよ」

勇樹が何か言いかけて、視線を逸らす。智子の言葉が、さらに加速する。

「洗濯物だって畳まずに放っておくし、朝のゴミ出しも“忘れてた”ばっかり。言えばやるけど、言わなきゃ動かない。私、あなたの上司じゃないのよ?」

声が大きくなるのを抑えられなかった。ソファの背もたれにかけていた手が、いつの間にか強く握られていた。勇樹は、眉間に皺を寄せたまま、言葉を飲み込んでいる。

言い返すでもなく、頷くでもなく――ただ、小さく首を垂れるようにして黙っている。

「……ごめん」

その謝罪が、逆に痛かった。

聞きたいのは、本当の理由。真意。気持ち。それなのに、ごめんの一言で終わらせるのか。

「もういい。今日は寝る」

智子はそう言って立ち上がった。歩きながら、怒りとは別の感情がのしかかってくる。

どこでズレたのか、わからない。

締め切った寝室の扉の向こう側、静まり返ったリビングから勇樹が動く気配はなかった。ベッドに横になるが、目は冴えたままだった。

いつまで経っても勇樹は寝室に入ってはこなかった。きっとリビングのソファで眠ることにでもしたのだろう。

互いに距離を取ることでしか、今はどうにもならないのかもしれない。

その夜、智子はリビングのテーブルに置かれたままの名刺とレシートを想像して、なかなか寝付けなかった。