共働きの裕信と優子の家庭では、「備えあれば憂いなし」を信条とする夫の徹底した節約生活が続いていました。高校3年の長女と高校に入ったばかりの次女を持つ4人家族ですが、外食は半年に1回、旅行も近場で済ませる日々。
優子は家族を守るための節約が、逆に家族の自由を奪っていると感じていました。そんなある日、大学同窓会の案内が届き、ドレスをレンタルしたいと相談すると、裕信は「そのお金で食費が何日分まかなえると思ってるんだ」と反対。
夫の態度に、ついに優子は「人生を楽しまないまま、私が死んでもいいって言うの?」と感情を爆発させ、自分や娘たちの「今の時間」を大事にする決意を固めるのでした。
●前編『「そんなムダ遣い、意味ないだろ」“もしも”に備え過剰な節約を強いる夫、妻の不満を爆発させた「無神経な一言」』
次女からの「お願い」
テーブルの上には、湯気を立てる味噌汁と、焼き魚の香ばしい匂いが漂っていた。
家族4人で囲む夕食。いつもなら他愛ない会話が繰り広げられるはずだった。
「お母さん、お父さん、あのね」
珍しく改まった様子の次女が箸を置き、目を輝かせて言った。
「夏休みに短期留学、行きたいなって思ってるの」
食卓の空気が変わった。優子は驚いたものの、すぐに笑顔で答える。
「いいじゃない。海外の空気を吸って、いろんな人と話して……きっと良い経験になるよ」
「だよね!」
次女はうれしそうに頷いた。長女も「いいなあ、海外」と小声でつぶやく。だが、その温かい空気を、裕信の低い声が切り裂いた。
「ダメだ。短期留学なんて意味がない」
魚の骨を丁寧に外しながら、淡々と告げる裕信。
「意味がないって……どうしてそういうこと言うの?」
優子が問うと、裕信は顔も上げずに答えた。
「費用の割に得られるものが少ない。数週間じゃ英語も身につかないし、旅行と変わらない」
次女の笑顔がすっと曇るのが見えた。優子は、胸の奥に溜まっていた何かが一気に溢れ出すのを感じた。
「裕信……私たち、何のためにお金を貯めてるの?」
箸を置き、彼をまっすぐ見た。
「病気や災害のため? 老後のため? それも大事だけど……今、目の前にいるこの子たちのためじゃないの?」
「もちろん家族のためだ」
「だったら、挑戦したいって言ってるこの子の気持ちをどうして踏みにじるの?」
いつの間にか声が震えていた。今まで我慢してきたことが次々と頭をよぎる。
「優子……もっとよく考えろ」
「それはこっちの台詞よ。何のためのお金かもう一度ちゃんと考えて。私はひたすら我慢して、お金を積み上げるだけの人生なんてごめんだわ」
裕信は、視線を上げて優子を見た。その目には戸惑いの色が浮かんでいた。優子はその一瞬の沈黙を逃さず、不安げな次女に向き直る。
「大丈夫よ。お母さんが必ず行かせてあげるから」
次女は泣きそうになりながらも笑った。
裕信は何も言わなかったが、魚の身をほぐす手が普段よりもぎこちなかった。
その夜、優子は洗い物をしながら、はっきりと決意した。もう、引き下がるつもりはないと。