<前編のあらすじ>
ボーナスが大幅カットとなり、家計への不安を抱えていた隆太は、リビングに届いた秋物の段ボールと明細に苛立ち、育休中の妻・早希の浪費癖が気になってしょうがない。
やがて、ケンカとなり、お互いの主張をぶつけ合うばかりで、解決の糸口が見えないまま、早希は無言で距離を取ってしまう。
翌日の夜、テーブルには「しばらく実家にいます」との置き手紙を残して、早希は息子の湊斗を連れて出て行ってしまった。
●【前編】こっちはゴルフも飲み会も我慢してるのに…」収入激減で追い詰められた40代夫、浪費をやめない妻に感じた“限界”
孤独な生活で見えたもの
隆太の1人暮らしは、始まった瞬間から綻びだらけだった。
米くらいは炊けるつもりでいたが、炊飯器の使い方すら知らなかった。冷蔵庫の中には水と缶ビール、賞味期限の切れかけた卵。調味料の並ぶ棚を見ても、どれが何に使えるのか見当もつかない。夕食はとりあえずデリバリーか外食。洗濯機を回そうとすれば、まず洗剤のボトルを探すところでつまずいた。綺麗なワイシャツは3日で底をつき、クローゼットの前で立ち尽くすことになった。
「仕方ないよな……」
仕事帰り、駅ビルのセレクトショップに吸い込まれるように入り、「せっかくだから」と1枚1万円近いシャツを手に取った。逡巡はあったものの、気づけば会計を終えていた。弁当の入ったコンビニの袋と、真新しいシャツの紙袋。そのアンバランスさが自分自身少し可笑しかった。
「今日は飯より、甘いものの気分だな」
昼休みに立ち寄ったカフェでは、限定スイーツと豆にこだわったというコーヒーを頼んだ。カップから立ち上る香りに、自然と肩の力が抜ける。だが、帰宅して財布のレシートを捨てるとき、胸の内にざらりとした感情が芽生えた。
「瞬間的幸福」のための出費。
早希のそれを責めた自分が、今まさに同じことをしている。デリバリーもシャツもコーヒーも、その場をなんとかやり過ごすためのものばかり。これが浪費でなくて、何だというのか。
そして、それ以上に堪えたのは、生活の全てを妻に預けきっていたという事実だった。
「俺って、全然家事やってなかったんだな」
缶ビール片手にふらりと玄関に向かうと、あのレインカバーが目に入った。
あれからずっと、そこに放置されたままだ。ふと脳内に浮かんだのは、雨の日に子どもを抱え、片手で傘を支えながら、荷物とベビーカーをさばく早希の姿。想像の中の早希は、傘が風に飛ばされかけて、足元の水たまりをよけながら、ふらふらと歩いている。
その夜、隆太は布団の中で長い時間、天井を見つめていた。
「謝らないとな……」
口に出すと、室内の静けさが一層際立った。
翌日、スマホを手に取っては戻し、また取り上げることを何度か繰り返したあと、ようやく義実家の番号を探してタップした。呼び出し音が鳴る間、掌にじわりと汗が滲む。
「……あ、すみませんお義母さん。次の週末、そっち行ってもいいですか? はい……そうなんです。早希と話がしたくて……ええ……はい……」
電話を終えたとき、ほんの少しだけ目の前が開けたような気がした。義母の声が思いのほか普段通りだったからかもしれない。
窓の外では、雨が激しく降り続けていた。隆太はその音を聞きながら袖をまくり、シンクに溜まった皿を洗い始めた。