和解へ動き出す隆太
午後の空は鈍色で、相変わらず冷たい雨が降り注いでいた。
隆太は義実家の門の前で一呼吸おくと、片手のビニール袋を見下ろした。中には、あの未開封のベビー用レインカバーが入っている。
玄関の庇の下で、呼び鈴を押す指がかすかに震えた。しばらくして、ゆっくりとドアが開いた。中から出てきたのは、意外にも早希本人だった。
視線が合った瞬間、どちらからも言葉は出なかった。雨の匂いと沈黙だけが、2人の間に揺蕩っている。
「早希、これ……」
ややあって隆太は袋を差し出した。
「持って行くつもりだったんだろ?」
「うん……用意したのに忘れちゃった」
早希はそれを見つめ、ゆっくり受け取った。返事が返ってきたことに少し安堵した隆太は、頭を下げながら絞り出すように言った。
「あの、早希……その、ごめん。悪かった。ボーナスが減って余裕がなくなって、つい当たってしまった。しばらく1人になってみて、家のこと、早希に任せきりだったって気づいた。料理も洗濯も掃除も、子どものことだって……どこかでやってもらって当たり前になってた。本当にごめん」
ちらっと顔を上げて反応を覗き見る。何も言わないが、早希が話を聞いてくれているのは分かった。彼女の穏やかな表情に勇気をもらい、隆太はさらに続けた。
「実は俺さ……早希がいなくなって徐々に余裕がなくなって、普段なら躊躇するようなちょっといいシャツとか買っちゃってさ……他にも外食やデリバリーに金使ったり……ほんの一瞬でも気を紛らわせたくて。それで思ったんだ……たぶんもしかしたら早希も似たような感じだったんじゃないかって……前に言ってた“気晴らし”ってやつ、本当に必要だったんだなって」
それは準備した言葉ではなかった。
途切れ途切れの独白が、湿った午後の空気を震わせる。