満員電車に揺られていた隆太は、窓に映る自分の顔を見ながらため息をついた。
ボーナスの額が一律で去年の3分の1まで削られるという報告が、社内メールで回ってきたのは1週間前。想定よりも格段に少ない数字と「業績回復に向けて」の文言だけが冷たく光っていた。
「はあ……やってらんねえ……」
駅の改札を出ると、夜風が秋の湿気を含んでいることに気づく。通りにあるブティックのディスプレイには、カーキやワインレッドのコート、マスタード色のニット。それらが「季節限定」のタグをつけて、まるで高値を誇示するように並んでいるのを見て、隆太はつい早足になる。
妻の行動が気になる隆太
今期のボーナスで何が買えるのか、もう考えないように努めた。
「あ、おかえり」
「ただいま……」
「今、ご飯温めるね」
「ああ……うん」
家に入ると、育休中の妻の早希が出迎えた。隆太は生返事をしながらも、リビングの隅に真新しい段ボールを見つけた。中には、オンラインショップで購入したと思われる洋服が5、6着入っている。
――秋色のワンピース、アパレルブランドのタグ、そして同封された明細書。
どうにも引っかかって腑に落ちない。思い返せば、先週も秋物の鞄が届いていた。抑えきれなくなった隆太は、キッチンで鍋をかき混ぜている早希を横目で見た。
「なあ、これ……また買ったのか?」
「え?ああ……そうそう、可愛いでしょ。一目惚れしたんだよね、そのワンピ」
「本当に要るのか? 秋物なんてすぐに着られなくなるだろ」
早希はちらっと顔を上げた後、クリームシチューを皿に盛りながらこともなげに答えた。
「それはそうだけど、トレンドってそういうものでしょ。それに見るだけでもちょっと楽しいから」
「でもさ……早希、毎年同じようなの買ってるだろ? 今年は去年とは状況が違うんだぞ? 分かってる?」
ダイニングの椅子に腰かけながら、諭すような口調で言う。すると、テーブルの上に皿を並べる早希の目に一瞬、不満の色が浮かんだのが分かった。
「……分かってる。だけど、これは私の趣味みたいなものなの。湊斗が生まれてからは、ゆっくりお店に行く時間もないしさ。たまには気晴らしが必要なんだよ」