出費に敏感になって…
隆太は無言のままスプーンを手に取り、湯気の立つ料理に手を伸ばした。
言葉を探したが、適当なものが見つからない。早希の買い物好きは昔からだ。付き合っているころから、よくショッピングに付き合わされたし、結婚してからも彼女はシーズンごとに最新トレンドをチェックするのが常だった。
共働きで、お互い正社員。30代でそこそこ収入が安定しているということもあり、今までは特に気に留めていなかった。だが、隆太のボーナスが大幅カットされ、早希が産休中の今、彼女の浪費が目について仕方ない。
「……ごちそうさま」
それだけ告げると、隆太は席を立った。空の皿をシンクに置き、早希の視線を避けるようにしながらバスルームへと向かう。洗面の鏡の中から、虚ろな目をした男がじっとこちらを見つめていた。
◇
あの夜以来、家の中は、どこか寒々しい。隆太も早希も、必要最低限の会話しか交わさない。お互いがイライラしていた。何か余計なことを言えば、またぶつかるとお互いに分かっているのだろう。
「ただいま」
「……おかえりなさい」
隆太の頭は、数字に支配されていた。
住宅ローン、保険、光熱費、そして育児にかかる出費。新しい早希宛の荷物を見つけるたび、視線が釘付けになる。テーブルの上に放置されたレシートや明細書も無意識にチェックするようになった。「秋コスメ2025」「ベビー服 秋限定ロンパース」「有機おやつ詰め合わせ」。どれも隆太には「削れるはずの出費」に思えた。
「これ、また頼んだのか?」
ある晩、通販サイトのダンボールを顎でしゃくりながら隆太は言った。努めて冷静を装ったつもりが、自分でも意外なほど低い声が出た。やたらと喉が渇く。
「何?」
早希は食器を片付ける手を止め、ゆっくり顔を上げた。
「これだよ、これ。最近ちょっと買いすぎじゃないか? 今は余裕ないんだから、もう少し家計のことも考えないとさ」
「……試着だけで買ってないのもあるし、ここ最近はフリマも使ってるの。私なりに考えてるんだよ。あなたには分からないかもしれないけど、私だって……」
「分からないよ」
隆太は思わず遮った。これだけ頻繁に買い物をしておきながら、まるで節約でもしているかのような早希の物言いに腹が立ったのだ。
「秋服なんて、着られるのほんの一瞬だろ? それなのに毎回似たようなのばかり買いまくって何考えてるんだ。こっちはボーナスが減ったせいで、ゴルフも飲み会も我慢してるのに……」