「いい加減、もう辞めてほしいんです」

梨花さん(仮名、40代)は、震える声で話し始めた。彼女がそう話すのは、父である平三さん(仮名)がNISAでの株取引を始めてからパソコンの画面にくぎ付けとなり、2000万円以上の老後資産が煙のように消えていくのを見てきたからだ。

退職金も、長年貯めた定年後の蓄えも――平三さんはそれらを“利益”を求める売買に次々と投じていった。梨花さんは何度も止めた。しかし、平三さんは言った。

「株価は過去最高なんだろ? 税金のかからないで儲けられるNISAがあるんだから、使わなきゃ損じゃないか」

新NISA開始から約2年が経とうとしているが……いつの間にか、平三さんの老後資金は取り返しのつかないことになっていた。

父親の穏やかな老後が崩れたきっかけ

梨花さんの父・平三さんは定年退職後は穏やかな日々を過ごしていた。毎日あわただしく過ごしていた現役時代とは一変。朝の6時には起床しコーヒーを片手に新聞を読む。8時ごろからはテレビで情報番組を見た後、趣味の釣りや散歩を楽しむような人だった。時折、近所に住む同世代の高齢者数人と遠出するなど人付き合いも悪くなかった。

ある日、梨花さんが「NISAって制度があるんだって」と投資の話題を出した。税の優遇がある制度ということで軽い気持ちで振った話題だったが、それに平三さんは興味を持った。「老後資金もあるし、少しくらい勉強してみようか」と最初はゆるやかな気持ちで投資を始めた。

「父のNISAでの投資も、最初の2カ月は順調でした」

「『あの銘柄が上がった』『いい株を見つけた』と楽しそうだったんです」

梨花さんは当時をそう振り返る。

「ですが、2カ月、3カ月と過ぎるうちに父の行動は変化していきました」

平三さんは「もっと上がる」「今が買い時」などと言いながら、頻繁に売買をするようになったのだ。朝起きて、株価の変動を見ていないと不安になる。上がったら利益確定、下がったら焦って売る。狼狽行動をしていたのは投資経験の乏しい梨花さんから見ても明らかだった。