ある冬の朝、兄・陽一が実家の門扉に立ち尽くす。父親の訃報が届いてから4日。久しぶりの帰省で本来は浮足立つはずだがそこからしばらく、足が全く動かなくなった。
ここから始まる地獄の相続を彼はすでに感じ取っていたのだ。そう、兄弟の仲を引き裂くほどの激しい、会社の経営権を巡る相続争いの予見を。
弟からの冷たい問いかけ
「株はどうするつもりなんだ?」
陽一が実家の重い門扉をくぐりリビングに入るなり、先に来ていた弟の健太が冷たい声でそう言ってきた。
その問いに陽一は答えることができない。事前に電話で話してはいたのだが、やはり対面でもうまく話せなかったのだ。無言の時間が続き、場の空気はどんどん凍りつく。
思い返せば生前、彼らの父は「遺言書なんて必要ない」と繰り返し言っていた。良くも悪くも家族の絆や世間との義理人情を信じ、自然に身を任せる生き方だった。
しかし、突然亡くなってしまえばそんなものは相続の前には無意味と化す。
「父さん……」
長い沈黙を振り切るようにして何とか陽一が振り絞り出した言葉は、父を呼ぶ言葉だけだった。
