家計を「分ける」

週末の朝、テーブルの上にはトーストとスクランブルエッグ、コーヒーの香りが漂っていた。優子は湯気の向こうに座る裕信を見つめ、深呼吸した。

「裕信、話があるの」

「なんだ?」
彼は新聞をたたみ、眼鏡を少し上げた。

「これからは、家計を完全に分けたい。生活費は折半。それと、これまでの貯金も半分に分けて」

言い切った自分の声が、思った以上に静かで揺らぎがなかったことに、優子は驚いた。

裕信の眉がぴくりと動いた。
「どうして急にそんなことを……」

「急じゃないわ。ずっと考えてたの。裕信の方針も一理あると思っていたけど、この前の件でもう限界」

優子は次女の留学の話を持ち出し、彼が頑なに首を縦に振らなかった事実をもう一度突きつけた。

「節約は悪いことじゃない。でもね、あなたのは度を超えてるの。ただの我慢の押しつけ」

彼は口を開きかけて閉じ、コーヒーを一口飲んだ。沈黙を破ったのは次女だった。

「そうそう。お父さん、ケチすぎるよ」

直球過ぎる発言に、長女が小さく吹き出した。
「私もそう思ってた」

裕信は娘たちを見て、ため息をついた。
「……お前たちまでそう言うのか」

「だって、お母さんいつも窮屈そうだったもん」
長女が真剣な目で言った。

「お父さんだって、本当は旅行とか行きたいんじゃないの?」
次女が重ねる。

優子はただ黙って見ていた。これは優子と裕信だけの話じゃない。家族全員の話だ。

長い沈黙の後、裕信は観念したようにうなずいた。
「わかった……これからは財布を分けよう」

こうして優子は、自分の収入を自由にやりくりできるようになった。

何を買うか、どこに行くか、自分で決められる。そして何より、次女の短期留学が正式に決まった。

夜、次女は部屋いっぱいに広げたスーツケースと格闘していた。

「お母さん、本当にありがとう。いっぱい写真撮ってくるから」

「うん、楽しんできなさい。お金のことは心配しなくていいから」

そう言うと、次女は笑顔で優子に抱きついた。廊下の向こうからは、ニュース番組の音と、コーヒーカップを置く小さな音が聞こえた。

裕信はきっと、まだ複雑な思いを抱えているだろう。

でも優子は、この小さな前進をしっかりと胸に刻みたかった。