新しい「節約」の形
夏休みも終わりに近づいた午後、優子たちは空港の到着ロビーで次女の姿を待っていた。
人の波の向こうから、大きなスーツケースを引きながら駆け寄ってくる笑顔。あの明るさは出発前と変わらないが、どこか大人びた表情が混じっている。
「ただいまー!」
「おかえり!」と優子と長女が声をそろえる。
裕信も「おかえり」と言ったが、その声は少し硬かった。
帰宅すると、次女は待ちきれないようにスーツケースを開け、お土産を並べ始めた。
「はい、お母さんにはこれ。手作りの陶器で、すっごく人気だったの」
「うわ、きれいね。ありがとう」
「お姉ちゃんにはチョコ。友だちと食べて」
「やった、ありがとう」
そして、配り終えた後、場が一瞬静かになった。裕信だけ、手元に何もない。
「……俺は?」
次女は一瞬戸惑ったあと、小さく笑って「ごめん、買ってない……」と言った。
その場の空気がわずかに重くなり、優子はとっさに話題を変えたが、裕信の表情は曇ったままだった。
数日後、夕飯の片付けが終わった頃、裕信が唐突に口を開いた。
「……今度の週末、外食でも行くか」
その言葉に、優子も長女も思わず顔を見合わせた。「お父さんが外食に?」と長女が驚く。
「たまにはいいだろう」
声の調子はぎこちない。
その提案は今までの彼からは考えられないほどに大きな1歩だった。
優子は笑って「じゃあ、みんなで行こうか」と答えた。
娘たちも嬉しそうにうなずく。
次女は少し照れくさそうに、「お父さんが破産するくらい食べるから」と冗談を飛ばした。
当日、優子たちは近所の小さなイタリアンレストランに向かった。テーブルの上には色とりどりの前菜と、焼きたてのピザ。
裕信はワインを一口飲み、「悪くないな」と微笑んだ。その笑顔は久しぶりに見たもので、優子の胸の奥がじんわりと温かくなった。食事の途中、裕信が次女に「留学、楽しかったか」と聞いた。次女はうれしそうに頷き、「お父さんにもいつか行ってほしいな。海外の景色、ほんとすごいから」と答えた。
その瞬間、裕信の目がほんの少しだけ和らいだ。
帰り道、夜風が心地よく、街灯の下で影が並んで伸びていく。
優子たちは言葉少なだったが、その沈黙は数日前の空気とはまったく違っていた。節約の形も、夫婦の距離も、少しずつ変わっていくのかもしれない。ふと手を伸ばし、裕信の腕に軽く触れると、彼は何も言わずに歩調を合わせてくれた。