義母もついに

義母がこの世を去ったのは、春の終わりの、やわらかな雨の朝。

事故から約5年の月日が流れていた。いつもと同じように声をかけ、部屋のカーテンを開けたとき、晴子は彼女の変化に気がついた。穏やかに目を閉じたまま、義母はベッドに横たわっていた。苦しんだ様子もなく、ただ眠っているようだった。

医師の診断によれば、夜のうちに心臓が止まったのだという。

寿命だった。

どこか救われるような思いがして、晴子は静かに涙をこぼした。

葬儀は、身内だけで執り行った。社会人になった悠斗は、連絡を受けて駆けつけ、線香の香りと、白い花々に囲まれながら、終始目を赤く腫らしていた。

そして、滞りなく葬儀が終わった翌日。

仏壇の引き出しに、晴子は1通の手紙を見つけた。白い封筒に、黒いペンで、晴子の名前が書かれている。

「晴子さんへ」

それは、義母の筆跡だった。迷いながらも封を切り、便箋をそっと広げた。

「この手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないのでしょうね。面と向かって言うことができなかったことを、最後に文字にして残そうと思います。どうか、読んでやってください」

至極丁寧な文章で始まるその手紙に綴られていたのは、義母の独白ともいえる内容だった。

まず晴子に対する謝罪。過去の行いを心から悔いているとのこと。それから、晴子に辛く当たってしまった理由として、彼女なりの見解が示されていた。実は義母自身、太田家に嫁いでから長年義両親からいびられ、家政婦同然に扱われていたという。

義両親が亡くなってからも、夫である義父には逆らえなかったという。そんな中、晴子が嫁いできた。義母は当初、嫁を自分と同じ目に遭わせる気はなかったが、亭主関白だった義父が一貫して晴子に優しく接する様子を見て怒りが湧いてしまったらしい。

彼女の半生を綴った長い手紙は、こんな言葉で締めくくられていた。

「長い間、つらい思いをさせました。でも、恨まれて当然の私に、あなたはずっと優しかった。あなたがいてくれてよかった。本当にありがとう。どうか、これからは、あなた自身の時間を生きてください。睦美」

読み終えたとき、晴子は手紙を両手でそっと胸に抱いた。静かに流れた涙は、拭うことなくそのままにしておいた。手紙を大切にしまうと、仏壇の前に座り、合掌する。

「お義母さん……どうか、ゆっくり休んでくださいね」

声に出してそう言ったとき、ふと部屋の空気がやわらかくなった気がした。線香の煙がゆれるのを、晴子はしばらくじっと眺めていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。