夕食の席に流れる空気は、どこかよそよそしい。晴子が用意した料理に口をつけるなり、義母・睦美は眉をひそめた。

「なんだいこの味噌汁、薄っぺらい味だね。まるでお湯を飲んでるみたいじゃない」

箸を置いて、わざとらしくため息をつく義母。その横で夫の慎之介は、黙々と食事を続けている。

「そうですか? ちゃんと出汁取ったんだけどな」

つぶやいても、それは自分に向けた言い訳のようで、誰の耳にも届かない。

この家に嫁いで20年。義母の言葉の刃は、最初のころこそ鋭く感じたものの、今では刺される前に防御姿勢をとるのが日課のようになっている。ただし、全く心に響かないというわけではない。とりわけ、ここ数年で義母の暴言は、その苛烈さを増した。去年、義父が亡くなり、今年の春に一人息子の悠斗が大学進学で東京に出ていったことを機に彼女の攻撃性は決定的になった。

「まったく、何年主婦やってるんだか」

「すみませんね。気をつけます」

食後、黙って食器を片づけ、洗い終えたころには、すでに2人はそれぞれの部屋に引き上げていた。誰もいない台所に、換気扇の音だけが響く。

「はあ……疲れた……」

風呂に入り、浴槽に身を沈めると、どっと疲労感が押し寄せてきた。湯はぬるいが、追い焚きするのすら面倒だ。このまま身体ごと溶けてしまいたい。

湯船の縁に頭を預けて、目を閉じると、窓の外から、かすかにカエルの声が聞こえてきた。ぬるい湯の中で、晴子はただ、じっと息をつめていた。