<前編のあらすじ>

縮毛矯正をした大学生の次女・幸江の変化に戸惑いを覚える母・紀子。ことあるごとに長女と比較する癖が抜けない紀子は、娘との距離が縮まらない。

数日後、幸江の部屋へ入った紀子は、美容整形のパンフレットを見つけ、胸が冷たくなる。縮毛矯正だけでなく、顔まで変えようとしているのか――紀子の不安は募るばかりだった。

夫や長女に相談しても、紀子の不安は誰にも理解されず、パンフレットを見つめながら、ひとり静かに途方に暮れていた。

●前編【「お姉ちゃんはそんな子じゃなかった」縮毛矯正した娘を非難した母親が、無断で入った部屋で見つけた"資料"に震えたワケ】

パンフレットを巡る母娘の対立

夜、11時過ぎ。ようやく鍵の回る音がした。リビングのソファに座っていた紀子は、音に反応して立ち上がる。

「おかえり」

振り向いた幸江は、紀子と目を合わせた瞬間、うんざりしたように目を伏せた。

「……何? 」

「ちょっと、話があるの」

「今? 疲れてるんだけど」

「大事なことよ。あなたの部屋で、このパンフレット見つけたわ」

数秒の沈黙の後、幸江の目に鋭い光が宿る。

「勝手に部屋入ったの? 」

「洗濯物を置きに行っただけ。置いてあったのが目に入っただけよ!」

「目に入っただけ、で勝手に開いたの? 信じらんない……!」

幸江はリュックを投げるように床に置き、リビングの壁に寄りかかって腕を組んだ。

「で、なに? 文句言いたいんでしょ。どうせ」

「文句じゃない。驚いたの。だってあんなもの……整形で顔を変えるなんて……!」

「そんなのこっちの自由でしょ!?  自分で稼いだお金を、自分のために使うってだけ!」

幸江の声が、紀子の胸を突き刺した。けれど、それでも言い返さずにはいられなかった。

「でも、そこまで変わらなくたって……そのままで十分――」

「十分じゃないから言ってんの!! ママに何が分かるの!?」

紀子は気おされて、思わず1歩後ろに下がる。幸江は拳を握りしめ、声を震わせて怒鳴った。

「小さい頃からずっと! なんでも“お姉ちゃんはこうだった”、“お姉ちゃんはちゃんとしてた”、そればっか!!」

「そんなつもりは――」

「あったよ! ずっと比べてたじゃん!! 私はだめなの! 足りない子だって、ずーーっと思わされてきた!!」

声が裏返り、涙があふれる。頬を濡らしながらも幸江は目をそらさず、紀子を睨んだ。

「頑張っても、“お姉ちゃんと違う”って、それしか言われない。だから、自分で変えたかったの! せめて、少しだけでも、自信が持てるように……!!」

紀子は何も言えなかった。

かつて聞いたことのない娘の叫びを前に、ただ、立ち尽くすしかなかった。

幸江は、しばらく呼吸を乱しながら紀子を見つめていた。目は潤み、鼻をすする音が静かに響く。

「……もういい」

幸江がかすれ声で呟いた。涙をぬぐいもせず、リュックを片手でつかんで踵を返す。

足早に廊下を歩き、自室の扉を開けて――バタン、と音を立てて閉めた。静まり返った家に、その余韻だけが残った。紀子は、その場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。