変わろうとする母の姿

朝、紀子はリビングの椅子に座ったまま、冷めたコーヒーを見つめていた。眠れない夜だった。何度も寝返りを打ち、ふと目を閉じれば、泣きながら背を向けた幸江の姿が浮かんだ。

「……私、ずっとあの子を傷つけてたのね」

自分では励ましや正論のつもりだった。しかし、娘にはずっと、ただの“比較”として刺さっていたのだ。あの子はあの子なりに、自分の居場所を探していたのに。

午前10時を過ぎたころ、幸江の部屋のドアがわずかに開いた。目をこすりながら、無言で台所に水を飲みに来る娘の後ろ姿を、紀子はそっと見守る。目が赤く腫れていた。

きっと、夜中にまた泣いていたのだろう。紀子は、決心したように口を開いた。

「幸江……あのね。カウンセリング、一緒に行ってみる? 」

幸江の動きがぴたりと止まった。振り向きもせず、返事もしない。物言わぬ背中に向かって紀子は続ける。

「整形なんてありえないと思ってた。だけど……昨日の夜、いろいろ考えたの。クリニックのサイトを見たりして……それで、幸江のやりたいことを端から否定するのは、良くなかったって思ったの。私、何にも知らなかった。あなたのこと、分かったつもりで、ずっと見てなかったのね」

ようやくゆっくりと幸江が振り返る。

涙は出ていない。代わりに、戸惑いがその目に浮かんでいた。

「だから、一緒にカウンセリングに来てくれるってこと? 」

「うん。ママもちゃんと聞きたい。あなたがどう思ってるのか、どうしたいのかも含めて」

2人で訪れた美容整形クリニック

翌週、2人は駅前の美容整形クリニックへ向かった。

白を基調としたきれいな待合室。受付には幸江と同年代くらいの女性が静かに座っている。幸江は名前を呼ばれると立ち上がり、紀子を見た。

「……緊張する」

それだけ言って、小さく笑った。

カウンセリングは穏やかに進んだ。二重施術は切らずにできること、リスク、費用、ダウンタイム。紀子は黙って横に座り、真剣な娘の表情を見ていた。紀子にはわからない言葉も多かったが、医者の言葉をきちんと理解した上で気になることを的確に聞いていく幸江の横顔を見ていると、きちんと考えた上で今日ここにやってきたのだということがよく分かった。

帰り道、並んで歩く2人の間に、昨夜のような重たい空気はなかった。

「どうだった? 」

紀子が尋ねると、幸江はうつむきながらぽつりと言った。