義母の様子は次第に変わり
季節がめぐり、風に乗って金木犀の香りが漂うようになった。
事故から1年以上が過ぎたが、義母の介護は相変わらず続いている。だが、彼女の言葉には、かつてのような棘はもう感じられなかった。
「今日は……ちょっと涼しいね」
朝、カーテンを開けたとき、義母がふとそう呟いた。
それだけのことなのに、晴子は嬉しくなった。何気ない、しかしわずかに優しい調子のその声が、胸に染みたから。
少し前まで、朝の声がけには「うるさい」「放っておいてくれ」と返されるのが常だった。それが、ようやくこうして人間らしいものになったのだ。
「それじゃあ今日は、羽織りものを出しましょうか」
そう言いながら、晴子はベッドサイドに置いたカーディガンを手に取った。義母は、黙って差し出されたそれを受け取った。
昼食のあと、新聞に目を落としていた義母がぽつりと口を開いた。
「今日のきんぴら……あれは、悪くなかったね」
晴子は思わず手を止めた。褒め言葉、らしきものをこの口から聞くのは、初めてかもしれない。
「ありがとうございます。また作りますね」
なるべく落ち着いた声で返しつつも、心の中では小さくガッツポーズをしていた。
その日から、ほんのわずかずつではあるが、会話が増えた。
「今日は散歩には行かないの?」
「お茶、もうちょっと熱くしてちょうだい」
どれも命令の延長ではあるが、どこかに信頼や甘えの色が混じるようになっていた。
悠斗も、月に一度は帰ってくるようになった。「やっぱり家は落ち着くよ」と、靴を脱ぐなりリビングに直行してきて、義母の隣に腰を下ろす。
「ばあちゃん、俺が帰ってきて嬉しいでしょ?」
「馬鹿。あんたが来ると、やかましいのよ」
そんなふうに憎まれ口を叩く義母の口元には、笑みが浮かんでいた。