息子の口から出たのは

「この前は、ごめん。ちょっとバイトでミスしてイラついてて、言いすぎた」

「いいの。私こそ……気持ちばっかりが先走って、ちゃんと淳也の話、聞こうとしなかった」

リビングに少しの沈黙が降りた。でも、その沈黙は、いつもの冷たいそれとは違っていた。柔らかく、あたたかく、心に寄り添ってくれるような、静かな沈黙。

「進路のことだけどさ……俺、専門学校に行こうと思ってる」

「専門学校?」

「うん。映像とかCGのやつ。昔、野球のビデオとか編集してたじゃん? あれ、結構楽しかったんだよね」

佳代は思い出す。

中学生のころ、練習試合の映像をパソコンでつなげて、チームのみんなに見せていた淳也の姿を。

「そうだったのね……」

「うん……で、調べたら学費が年間で100万ちょっとかかるみたいだから……」

「大丈夫よ、きちんと用意してあるから」

「いや、そうじゃなくて、自分である程度出そうと思ってさ。それで今、バイト頑張ってるんだよね」

「えっ、でも勉強もしなくちゃいけないんだし、そんなに無理しなくても……」

「無理はしてないよ。実際部活やってたころより暇だし……それに、俺がやりたいと思ったことをやるためなんだから、何もおかしくないでしょ?」

思わぬ言葉に、佳代は何も言えなくなった。野球を諦めたときの姿が嫌でも頭に浮かぶ。部活を辞めてから遊んでばかりだと思っていた。将来なんて考えていないだろうと決めつけていた。

でも、本当は違ったのだ。手痛い挫折を経験した息子は、佳代が思うより遥かに成長していて、自分を変えようと藻掻いていた。

「ごめんね……淳也がそんなふうに、ちゃんと考えてたなんて知らなくて」

「別に、気にしてないけど」

照れくさそうに笑うその顔は、あのころの面影を残していた。佳代はふと手を伸ばし、彼を抱きしめたくなった。

「淳也……」

「ちょ、やめてって……そういうの」

身をよじって逃げる彼に、佳代は思わず笑ってしまう。

「もう、少しぐらい……いいじゃない」

「やだよ、恥ずかしいって」

そのまま、淳也は慌ただしくカバンを持って立ち上がった。

「じゃ、バイト行ってくるから」

「気をつけてね。いってらっしゃい」

振り返りざま、ほんの少しだけ笑って彼は言った。

「行ってきます」

扉の閉まる音がして、また家の中は静かになった。

もう一度、テーブルのカーネーションに目を向けると、桃色の花びらがゆっくりとにじんでいくのがわかった。

「いけない、しおれちゃうわ」

佳代は目頭を押さえながら、花瓶を取りにいった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。