幸太郎は目覚まし時計の音で目を覚まし、ゆっくりとベッドから体を起こす。寝室を出て寝ぼけ眼で廊下を歩き、味噌汁のいい匂いに誘われてそのままリビングへと向かう。

すると台所から妻の彩香が声をかけてくる。

「おはよう。早く顔洗ってご飯食べちゃって」

「ああ。でも先に顔洗ってくる……」

幸太郎がボーッとしたまま洗面所に向かうと鏡越しに長女の未来と目が合った。高校生の未来は幸太郎を見ると眉間に深い皺を刻んだ。

そこで幸太郎は完全に目が覚め、自分がやってしまったミスを認識した。

幸太郎がそのまま動けないでいると、未来は盛大な舌打ちをして洗面所から出て行ってしまった。取り残された幸太郎は肩を落として顔を洗う。

未来は幸太郎と洗面所で顔を合わせるのを極端に嫌がる。いや洗面所だけでなくどんな場面でも近づくことを嫌がるようになった。

幸太郎が朝、何をするにも長女の未来、次女の明日香の許可が必要になる。父親としての威厳なんてものはとうに消え去った。幸太郎はとにかく娘に嫌われないように家では影のように過ごすことを心掛けていた。

顔を洗い終えた幸太郎がトイレに向かうと、またそこで未来と出くわす。幸太郎は笑顔を作って未来に声をかける。

「……トイレ行って良いか?」

幸太郎の質問に未来は面倒くさそうに答える。

「……いちいち聞いてくんのキモい。好きにしたらいいじゃん」

「あ、ありがとう」

幸太郎は未来があっさり許可を出したことに驚きながらトイレに入る。

「換気扇! 絶対回してよ! あと、座ってして! あと、終わったら便器の掃除もして!」

ドアを閉めてから大声で釘を刺され、幸太郎は「あと」が多いなと思いながら、換気扇のスイッチを入れて用を足した。

幸太郎はいつまでこの状態が続くのかと思い、大きなため息をついた。