上司と悩みを語り合う

未来の態度が変わったのは、小学校高学年くらいのころだった。それまではパパと結婚するくらいのことを言っていたのに、突然嫌われるようになった。喧嘩をしたり、怒ったりなんてしてない。本当に突然のことだった。

娘がこの手の反応を示すということは極めて正常で、きちんと成長をしている証だとネットには書かれていた。だからこそ過剰な反応をせずに耐えるしかなかった。ネットには大人になるにつれて父親に対する嫌悪感は消えていくとも書かれていたから、きっといつかはまた仲良く話せる日が来ると幸太郎は信じることにしていた。

そんな幸太郎にとって会社は気兼ねなく時間を過ごすことができる唯一の場所だ。職場で快適な人間関係が築けているからこそ、ストレスを溜め込むことがない。特に上司の矢野佑典は年齢も上でさらに娘を持つという同じ境遇ということもあり、色々な事を話せる貴重な存在だった。

昼食の時は会社近くの定食屋に行って2人で膝をつき合わせて家族の愚痴を言うのがお決まりだ。

この日も幸太郎は未来から冷たくされたことを矢野に伝える。すると矢野が深いため息を吐き出す。あまり暗いタイプの性格ではないのだが、今日は塞ぎ込んでいるように見えた。

「山尾くん、気をつけた方がいいよ……。ずっと距離ができたままってことはあり得るからね」

「どういうことですか?」

「里奈がね、結婚をするんだよ」

里奈は矢野の娘でもう大学を卒業して社会人になっているというのは聞かされていた。

「そうなんですね。おめでとうございます」

条件反射でお祝いするが矢野の顔色は優れない。

「……結婚するってことはね、娘から聞かされてないんだよ。妻から聞かされたんだ」

「えっ⁉ そうなんですか⁉」

「しかももう両家顔合わせも済ませてて、来月には式を挙げることになってるようなんだ」

矢野の説明を聞き、幸太郎は驚愕をする。

「……ということはもうだいぶ前に結婚が決まってたってことじゃないすか」

矢野は項垂れるようにうなずく。

「そういうことだ。私は何も聞かされてなかった。まさかこんなことをされるなんて……」

「別に仲が悪いとかじゃなかったですよね……?」

「……ああ。ただ反抗期以降、娘との距離が生まれていた。それが今もなお埋まってないということだろうね……」

落ち込んだように呟く矢野を見て幸太郎は戦慄する。矢野の姿に未来の自分が重なった。