玄関の扉を開ける直前、和栄は目を閉じて深く息を吸い込んだ。今日は月に一度の友人たちとのランチ会。たった数時間、母の介護から離れられるだけでも十分ありがたかった。だがその反面、毎回現実に戻るのに苦労する。
「ただいま」
スライド式の引き戸を開けて声を張ると、ホームヘルパーの女性がにこやかに出迎えてくれた。
「あ、和栄さん、おかえりなさい。楽しめました?」
「ええ、おかげさまで。いつもありがとうございます」
リビングのソファには母の伊代が腰掛けていて、ぼんやりと窓の外を見ていた。
父は10年以上前に他界しており、子どもは和栄の他にいない。
そこで和栄は、夫と息子に相談し、足腰が弱ってきた母のために実家をリフォームして同居を始めた。
あれは息子が中学生のときだから、もう6年以上前のことだ。
バリアフリーのためのリフォームということで、補助金が出たものの、それでも工事費は総額100万円以上かかった。それでも、あのときリフォームを済ませておいて良かったと思う。なぜなら、母は2年前に認知症と診断されたからだ。当時は和栄自身、更年期の真っ只中で、心も体も思うようにいかず、何度か寝込んだこともある。業者とリフォームの相談をする余裕など、とてもなかっただろう。
今は、心身のバランスを崩さないよう、ホームヘルパーの力を借りたり、こうして月に一度は外で気分転換をすることにしている。