ちょっとご相談が
「和栄さん、ちょっとご相談が……」
和栄がジャケットを脱いでいると、馴染みのヘルパーが申し訳なさそうに口を開いた。
「伊代さん、今日も台所に立ちたがって……何度も何度も『ご飯作らなきゃ』って。止めても、なかなか……」
「すみません、ご迷惑をかけて……」
これが、最近続いている問題だ。
実は、母は台所で大きな事故を起こしたことがあった。包丁で深く指を切ってしまい大怪我をして、そのまま火から目を離してボヤ騒ぎになったのだ。幸い夫がいち早く異変に気づき、大事には至らなかったが、もしも家族が寝静まっている時間帯だったらどうなっていたことかとゾッとする。
あれ以来、和栄は母が台所に立たないよう、細心の注意を払っている。ガス栓は常に閉め、包丁は目につかない場所に隠してある。
「それじゃ、今日はこれで失礼します。次は火曜日ですね」
「はい、よろしくお願いします」
ヘルパーを見送ったあと、和栄はキッチンに立ち、溜まった洗い物に手を伸ばした。水の冷たさを指先に感じながら、先ほど聞いた母の話を頭の中で反芻した。
元々、母は料理が得意な人だった。毎日、父と和栄のために、手間暇かけた食事を作ってくれた。思い出すのは、キッチンに立つ母の姿。エプロンをきゅっと締め、髪を後ろでまとめて、嬉しそうに鍋をのぞき込んでいた。
そんな料理上手な母だったが、唯一苦手な料理があった。
「カラッと揚がらないのよねえ」
少しだけベチャっとした唐揚げを前に、苦笑する母の顔が、ふいに脳裏に浮かんだ。和栄は十分美味しいのに、と思ったが、母の揚げ物が食卓に並ぶ頻度は少なかった。料理上手な母からすると、満足のいくクオリティではなかったのかもしれない。
幼い日の食卓を思い出しながら和栄が夕飯の支度に取り掛かろうとした、そのときだった。