<前編のあらすじ>
高校3年生になる一人息子の淳也を持つ佳代は、息子と何を話せばよいかわからず思い悩んでいた。
夫は単身赴任でおらず、二人きりでの生活。そんななか息子は怪我のせいで熱心に取り組んでいた野球をやめざるを得なくなってしまう。
進路を決めなければならない時期にバイトに明け暮れる息子の姿を見て佳代は「自暴自棄になってしまったのではないか」そのような思いを抱いていた。何とか声をかけようとするものの、いつも返ってくるのは素気のない返事ばかりだ。
いつぞやは、やめた野球を引き合いに出し、生活を改めるよう告げたことが地雷を踏んでしまったのか、息子に怒鳴られてしまうありさまである。
解決の糸口を求め、佳代は夫に連絡を取るのだが……。
前編:「何にも知らないくせに」好きだった野球をあきらめ自暴自棄になったように見えた息子を激怒させた母の一言
思春期だなぁ
その夜、佳代は思い切って夫に電話をかけた。単身赴任先での仕事も忙しいだろうし、わざわざ心配をかけるようなことは避けたかったが、今日はどうしても誰かに聞いてほしかった。
「どうした? 珍しいな、こんな時間に」
電話越しの夫の声はいつも通り明るく、少しのんきで、佳代の張りつめた神経とはまるで別世界のもののように聞こえた。
「淳也のことで、ちょっとね……」
佳代はため息混じりに言葉を選んだ。
「最近、全然話ができないの。進路の話をしようとしても、うるさいとか、黙れとか言われて……」
「ははっ、思春期だなあ」
夫は、からからと笑い飛ばした。
「俺も高校のころは、親と口きくのがめんどくさかったよ」
「でも……あの子は、あなたとは違うでしょ?」
佳代は少し語気を強めてしまった。
「優しかったし、真面目だった。野球に真剣に取り組んで、毎朝早くから練習行って……それが、あの怪我以来、すっかり変わってしまって」
「今は、きっと迷ってるだけだよ。そのうちちゃんと次の目標を見つけるって」
そう言う夫の声は穏やかだった。
「それに、淳也は努力を人に見せたがらないタイプだから……ほら、逆上がりだって、側転だって、いつの間にかできるようになってただろ?」
「……能天気ね、あなたはほんと」
佳代は口元を緩めながらも、少しだけ責めるように返した。
「心配なのはわかる。でもさ、親ってのは、子どもを信じるしかないんだよ。信じて、待つ。難しいけど、一番大事なことだと思うよ」
「……待ってばかりで、なにもしないのは違う気がするけど」
「何もしないんじゃない。待つっていうのが、今の俺たちにできることなんだよ、たぶん」