親子の絆
「母さんは両親も亡くなっていて、頼れる人がいなかった。まだ赤ん坊も小さかったし、限界だと思った。だから俺は、母さんに俺のところに逃げてきなさいと言ったんだ」
父は弁護士の友人に掛け合い、母の離婚を成立させ、その1年後、母と再婚した。美果はまだ1歳半だった。
「結婚するとき、母さんに言われたんだ。あんな男が実の父親だと知ったら、美果が傷つくだろうから黙っておいてって。きっと母さん自身も忘れたかったんだろうな。うっかりしていたよ。母さんの目につかないようにと思ってしまい込んでいたんだが、こんな手紙、きちんと処分しておくべきだった」
「いい話じゃん。隠されてたのは、やっぱりちょっと許せないけど」
そう言いながらも、美果に怒りや不信感はなかった。
「すまなかった。でも、それに、これは美談じゃない。美談にしちゃいけない。俺は子供を作れないからだだった。前の妻ともそれが理由でうまくいかなくなった。母さんのことを大切に思っていたし、美果のことだってかわいくて仕方なかったが、母さんと再婚しようと決めたとき、美果の存在をちょうどよく感じていた部分もあったんだ」
父はそう言って、すまなかったと頭を下げた。全部話すという言葉を律義に守る父は父らしくて思わず笑みがこぼれる。
「謝ることなんて何もないでしょ。子供を持つ理由なんて、そんな大それたものじゃないんだから。ほら、私だっておめでた婚だったわけだし」
「ありがとう」
昭道はつぶやいた。美果はすっかり冷めてしまったお茶を飲んだ。
きっと母がいなくなった途端に父がよそよそしくなったのは、血のつながりのない自分の面倒をかけてしまうことに後ろめたさを感じていたからなのだろう。言葉にはされずとも、父の考えていることくらいだいたい分かる。だって美果と昭道はまぎれもなく親子だから。
「ねえ、お父さん。良かったら一緒に住まない? そろそろ家建てようかって秀悟と話してて。今すぐにってわけじゃないんだけど、二世帯にしてさ。そのほうがこっちとしても何かと安心だし」
「……何言ってる? 思いつきで言ってるだろ。秀悟さんや秀人には相談したのか」
「いや、まだだけど。でも話せば分かってくれるよ。お父さんだって、私の大切な家族なんだから。それに、この土地だって売ってお金にしたら、建てる家もちょっと豪華になるかもしれないし」
目を丸くして固まっている昭道に冗談っぽくほほ笑んで、美果は立ち上がる。
「さ、そうと決まったら気合入れて片付けないとね」
「強情なのは母さんそっくりだ」
「思い切りがいいのはきっとお父さん譲りだよ。ほら、何だっけ? ここは食事をする場所ですだっけ」
「からかうんじゃないよ」
美果は逃げるように2階へ上がる。昭道も立ち上がったが、美果の軽快な足取りについていけないことは言うまでもない。
まだまだものであふれる書斎を眺める。いつの間にか換気が済んだのか、2階を満たす冷たい冬の空気はいくらか澄んでいた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。