どこか憂鬱(ゆううつ)な空気が漂う月曜日のオフィス。正志は重い身体を引きずるように自分のデスクにたどり着いた。書類の詰まった肩掛けバッグを置いてため息を吐くと、ひと際元気なあいさつが響く。

「皆さん、おはようございます! これ、新婚旅行のお土産です!」

声の主は、同じ部署の後輩だ。

つい先月結婚式を挙げたばかりの彼は、ハワイの土産物が入った紙袋を抱えながら、皆のデスクを回っていた。手渡された小さな包みには、「Hawaii」の文字が金色であしらわれている。正志は聞いたこともなかったが、何やら有名な店のお土産らしい。

「わー、ありがとう」

「ハワイなんてうらやましいなあ!」 

後輩が歩いたところから、次々と声が上がった。

「いいよな、夫婦2人だと気楽に行けてさ。うちは子供がいるから、飛行機なんてもうしばらく乗れてないよ」  

奥のデスクで、課長がそう言いながら菓子の包装を開けた。

40代半ばの課長は、いつも家庭の愚痴をこぼしながらも、どこかうれしそうな表情をしている。

確か小学生の子供が2人いるんだったか。

その声に同じく子持ちの同僚が反応する。

「ほんとですよ。日帰りで出掛けるのにも子供の準備が大変で……この前なんか、行く前日に熱出されて結局キャンセルしましたよ」  

「はは、そういうのも含めていい思い出になるんじゃないか?」

2人は肩をすくめて笑い合う。

彼らの会話はいつも通りの調子だし、愚痴っぽい部分だって少なくない。だが、どことなくにじむ充実感が隠しきれていないのだ。そんな彼らの家庭的な幸せを垣間見るたびに、正志の心中にはうらやましい気持ちが募っていくのだった。