<前編のあらすじ>
金曜日の忘年会で泥酔した結果、かばんをまるごとなくした人事部勤務の真也(32歳)は反省していた。猛省したが、現金はもちろんクレジットカードも何もかも戻ってこない。
週が明けて出勤すると、まわりの社員たちの様子がおかしいことに気づく。同僚にそれとなく聞いてみると、覚えてないのかと驚かれる。
忘年会で酔った真也は役員の松井(58歳)に容赦ない暴言を吐いたという。全く思い出せない真也は青ざめるが、そんな矢先、松井に呼び出されてしまう。
●前編:「え、覚えてないんですか? 」会社の忘年会で泥酔…“記憶にない大失態”を乗り越える方法とは?
冷や汗が止まらない
松井の後ろを歩きながら、真也はネクタイをいじり、ジャケットにしわがないかをしきりに確認する。とはいえ、もうそんなことに意味はない。
地獄だ。真也は俺が一体何をしたっていうんだと内心で頭を抱える。いや、酒のせいで記憶にないだけで何をしたのかは明確で、全て自業自得と言われればそれまでなのだが。
エレベーターに乗り、上階へ向かう。松井はそのあいだ、一言も発さない。高そうなスーツのきれいな肩のライン越しに見える横顔は、たぶん相当に怒っている。
役員室に着いた松井は「まあ、腰かけて楽にして」と言ってくる。当然断って直立姿勢を固辞した。試されているのか? だとすれば最善手は何だ? 先手を打って謝罪すべきか? それともひとまず話を聞くべきか? 真也のなかで答えの出ない思考が堂々巡りを繰り広げる。まとまらないうちに、執務椅子にどっかりと腰かけた松井が先に口を開く。
「金曜は、ちゃんと帰れたか?」
うっわ、これは間違いなく試されている。終わった。役員にどんな権限があるかは不明だが、よくて地方支社に左遷だろう。クビを言い渡されるかもしれない。いや、最悪、誹謗(ひぼう)中傷で訴えられることも覚悟しておくべきだろうか。
「あの、取締役、金曜日のことですが、とても、常軌を逸した、すさまじい失礼があったようで、あ、えっと、ようでというのは、その、記憶が、曖昧でして…………大変申し訳ございません!」
真也は稲光のような素早さで90度に腰を折った。勘弁してくれ。もうすぐ子供が生まれるんだ。なんとか許してもらわなければいけない。
「すさまじい失礼。……確かにそうだな」
松井の野太い声が神妙に響く。もう松井の顔を見ることはできない。それなりに気を使ってきれいにしている革靴のつま先に、情けない顔の自分がぼんやりと映っていた。
「本当に覚えてないのか?」
「えっと、はい……恥ずかしながら……」
「あの様子じゃ無理もないか」
「はい、まあ、そうですね……」
心臓が胸を食い破って外へ出てきてしまいそうだった。真也の額から、大粒の嫌な汗が滴って、床に落ちた。